第26話 パージクエスト
値踏みローブと対面して数日後。
「護衛の皆が別の命令でここを離れることになりました」
囚人街の刑軍宿舎。ヨカゼ・トウドウの部屋の戸をノックする前に強く拭ったのだろう腫れぼったい目で騎士はそう言った。
その日アイナは自室で事務作業に努め、私兵の戦士3人は朝から割り当てられた当番でジェリスヒル内の巡回警ら任務に参加していた。
そしてまだ料理屋がランチの準備も始め無い頃だ。お茶のお代わりを貰おうと女中のドーラを呼ぼうとしたとき、中央区の城から使いが命令書を持ってきたのだ。
「北部戦線の増援に私の兵を!?3名って全員じゃないですか!しかも出発は今日の午後、……今日!?」
アイナは仰天した。
エリオは治療と義手の手配のために都市を離れている。今抱える私兵はヴェルネリ、ディンゴ、フラクの3人しかいない。その3人を北部前線への補給物資を送る増援部隊に組み込むという命令書だった。
「私の任務はどうしろっていうんですか!これじゃ1人じゃないですか!増援って1000人単位でしょう!……ほらこっちの資料、3000人の軍じゃないですか!それで何故わざわざたった3人を私から取るんですか!?も、もう他のお抱えは女中のドーラさんしかいないんですよ私!?」
使いの者を問い詰めても仕方がないのだが言わずにはいられなかった。
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そこから彼女は方々駆け回り命令の撤回を喚いて回ったが、領主のミルワード公は外交だとかで都市を発ったというし、他の責任者の類もああだこうだと言いくるめてくる。
「お願いします!自分で抱えてる兵すべてを徴発されるなんて無茶苦茶じゃないですか!撤回してください!」
「そう言われましてもご領主の署名が既にありますし……印も……これを撤回せよというのはちと難しいですなあ」
「だったら大臣のどなたかに取り次いでください!自分で説明しますから!」
「いやあ、私がそこまで介入するというのは勘弁して頂きたい。ご領主の判断に異を唱えるなど。それに人手がないなら囚人がいくらでもいるではないですか。貴方刑軍の担当でしょう」
誰を問い詰めてもこんな感じで暖簾に腕押しだ。
なんでこんな横暴がまかり通るのだと行政区を駆け回れども、一発逆転で命令書を上書きできる閣僚クラスには会うことすら出来ず途方に暮れた。
「なんなのよこれ……」
小さな頃からアイナは寝室を抜け出し護衛なしに出歩くのが好きなやんちゃだったが、事このジェリスヒルに赴任して囚人街を歩くとなれば話は別にも程があった。
周りは罪人だらけ、殺しや強姦で捕まっている者も少なくない。後先の無いような気の狂ったような凶悪犯に奇襲されたら?刻爪の呪いで支配できるのは自分の部下となった者だけ。他の者の言葉鍵はわからない。
同僚の騎士との関係性もまだ出来ていない。軍議や社交で言葉に詰まったら?意地の悪い男どもが少なからずいるのは明らかだ。
こんな歪な街で頼りも無くやっていけというのか。
たらい回しにされ続け城を出て行くときには礼儀も忘れ、はしたなく城壁を蹴って帰った。
「なんて場所なのよ此処はあ!」
そうして肩を怒らせ自宅に帰ったが、ベッドに座って一息つくとどうにもならず不安が押し寄せアイナは寝室でしばらく意気地ない時間を過ごした。
警らから戻ったヴェルネリ達に一連の話を伝えると、皆アイナ同様に憤ったが正式な命令で時間も無くもはやお手上げで、やがて来た迎えはこれも有無を言わすまいとか増援隊の副長クラスの者が直々にだった。
「準備はできているな?では参ろうか」
「このような理不尽に従えというのか!」
「我々は主のためにここに来たのだ!」
ディンゴとフラクは得物を抜きかねない剣幕でしばらく迎えの上官と口論をしたが「ミルワード公の命が聞けぬと?」と睨まれたところで、ヴェルネリがこれ以上深みにはまるまいと前に出て2人を制した。
「もういい、やめろ。……荷物を持て、2人とも」
結局、これ以上無く苦々しく3人を見送ることになった。
その場で今後についてヴェルネリにいくつか言い含められたが、馬に乗り去っていく3人の後ろ姿は血の通った鎧が1つずつ剥がされるようで、嫌に晴れた日差しがとても痛く感じた。
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