第25話 内務大臣の書類仕事

「エイミス内務大臣、到着した手紙です」


 呼びかけられた役職にしてはかなり若く見える女性が、質素な執務室で何通かの墨で書かれた請願を受け取る。ペーパーナイフでなぞり流れる手付きで封を切るが、少しだけ眉をひそめ祭りくじを引くかのような「外れ」を引く準備をした顔をしている。


「ありがとう。どれどれ……北部増援の依頼に、近隣で摘発した盗賊のアジトをサルベージ依頼。毎日懲りずに蛮骨稜々とした話ばかりね。西区の劇場でも覗きたい気分」


 外れだったようだ。ふうと一度息をつき恨めしそうに手紙を指でつまみ上げ目を通していく。


「新作は平民の男と貴族の女のロマンスだとか」


 請願の紙束を渡した傍仕えの女性が応える。


「女が馬鹿じゃないといいけど」


「多少は馬鹿なほうがモテますよ」


「そんなことないわよ!……でも、お互い売れ残ったら私たちで結婚しちゃいましょうか」


「私は売れ残るつもりはありません。自分が買う側になります」


 互いに硬い表情のままたわいもない話。コトリと置かれた紅茶に口をつけることもせず手と眼は忙しく動き、机脇の書物を何冊かパラパラと捲ってはペンを取り返答となる各所への指示を書き連ねていく。


「私が欲しいのは非売品」


 側仕えの女性は執務机の正面に立ったまま動かなかった。急かすわけではなく、少し話し相手をする間にこの程度の仕事はこなしてしまうことを知っていたから。


「そんなものはジェリスヒルには有りません。ローブに聞けば男の値だってわかります」


「かわいくない娘」


 そして大臣は一枚の命令書に自分の判を押した。アイナ・コーエンの遠征報告書だ。そして既にアイナによって押されているコーエン家の紋章の判をピンと軽く弾く。


「この娘は仲間になってくれるかしら。刑軍を引き連れる女騎士、かっこいいわねえ。オギカワへの再遠征を彼女に伝えておいて。あそこは大きいからまだまだかかるわよ、モンスターハウスが山のように仕掛けられてアンデッド祭りですって」


「彼女については少し問題が」


「あらやだ。何よ」


「新人恒例の『パージクエスト』を仕掛けられたようです。10日後の北部への輸送任務にアイナ・コーエン隊から兵を徴発するとの指令書がそこに。……いえその右側の3枚目です。すでにミルワード公の署名もあります」


「あーこれね。悪戯するには随分早いと思うけど。こんな意地悪はクロクワよねえ、やらしーわあ」


「故郷からの私兵を奪われ、擁する刑軍もたった一人。部隊とは呼べません。というか本人の身の安全すらもはや確かなものではないのでは」


 そう窘められてエイミスは差配に困り頬を掻くと、先ほど受け取った請願書の束をぱらぱらと早読みした。そして中から数枚を抜き取りぱんと机に叩きつける。


「じゃ彼女に渡す任務はこっち。都市付近の小物よ」


「……罠を踏んだとわかって仕事はさせるのですね」


「あら珍しい。贔屓したいの?」


「剣で戦える女は貴重ですから。それにコーエン家の令嬢に何かあっては事です」


「私だって気使ったわよ?最初の配属で刑軍の手練れを2人つけたじゃない。1人は片手落としたドジついでにもう釈放されたみたいだけど」


「熟練の者でもそのような不始末を起こします」


「でも残った刑軍はあの男でしょ、女の子一人くらい保護できるわ。それ、任務対象はすでに制圧済みで難易度は低い案件ばかりだし。むさい囚人街にこもってるより外にいる方がトラブルが少ないまであるでしょ」


 傍仕えの女性はしばらく受け取りたくなさそうに突き出された請願書を眺めていたが「ほら!」と強く押し付けられるとため息交じりに「名家の令嬢も楽ではなさそうですね」と同意を示し、つかつかと紙束と共に部屋を後にした。

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