第24話 手配書

「ふむ。言うた傍からじゃ、ほれお主らも見ておくがよい」


 ローブは傍仕えから受け取った紙の束に一通り目を通すと、アイナにぽんと手渡した。


「これは、手配書?」


 書かれていたのは氏名と漠然とした人相書きや金額、手配の理由などだ。そんな手配書が十数枚の束になっている。


「ただでさえ囚人を山ほど抱えてるというに、さらに暗躍する輩が一人ならずおるでな」


「シカバネマント……?氷結ランプ、イカサマ時計に土壁魔導。懸賞金も凄く高い」


「どれアイナ嬢。私にも見せてくだされ」


「この都市に居る殺し屋の通称だな。シカバネマントってのが新手か」


「殺し屋!?」


「要人は何人も守り手をつけておるでそうはやられんが、それでも時折な。此度は王都からの使節が狙われたようじゃ。スパり首と胴を切り離されてな。新手の影は大振りの剣を使うようじゃ」


「動機は何ですか?」


「さあのう。使節じゃし手紙でも狙ったかの」


 起きた事件にしては呑気な様子の値踏みローブにアイナは少し首をかしげる。


「……この者達は軍で拘束できないほどの手練れなのですか?この強軍を擁する都市で。それに追うなら初動が重要では?必要ならば私たちも捜査や追跡に協力します」


「まあ待つがよい。手練れというのはその通りじゃが、こやつらを捕えられんのは強いからではない。巧妙に匿われてしまうからじゃ」


「匿う……?」


「影たちはどこぞに飼われているということですな」


「戦士の方は世情を分かっておるな。こやつらを追っても途中で権威の壁にぶつかり臭いが途絶えるわけじゃ。皆黒幕を恐れて情報も集まり切らんし追跡も及び腰じゃ」


「飼われてるって……誰にですか」


「それが分かったら苦労しないだろう、表面的な物言いはよせよ騎士殿。名家の出なら家にこのおっさんの他に似たような汚れ役がいただろ」ヨカゼがヴェルネリを顎で指す。


「ふむ。刑軍が申したようにお主にこの手の影がおらんと証明できるものはない。コーエン家の娘よ。ほっほっほ」


「そんな!私の配下には非道な暗殺者などいません!」


「そりゃ清いことで」ヨカゼは一切信じていない風だ。


「主をからかってくれるなヨカゼ、ローブ殿。しかしどこかの勢力が裏の戦力をうごかすとは、殺しまでする対立が?」


「ここは金も戦手柄もたっぷりある場所だ。名家や大規模ギルドが手段を選ばず奪い合うに十分な量のな」


「ふむ、景気の良さと表裏一体よの」


「何を他人事みたいに!殺しが起きて悠長ではないですか!?」


「それが現場じゃ。いちいち慌てては足元をすくわれるぞ騎士よ。それに本当に影がおらんでも口にするものではない。力の薄さを暴露するのは得策ではなかろう」


「その通りですアイナ嬢。この手配書の束、こちらにも同じものをいただけますかな?」


「それをそのまま持って行ってよい。しゃんとして罠を踏まぬように気を付けるのじゃぞアイナ・コーエン。ここでの争いはダンジョンのトラップより余程手を焼くぞ」


 まだ正義心で反論したそうなアイナだったがヴェルネリがじっと一睨みして制し、ぐぬぬと引き下がった。


「……し、承知しました」


「ふむ、では今日の所はこれにて」


 釘を刺して値踏みローブは翻り、ふわり回収物の鑑定に戻っていった。


***


 大倉庫を一周見て回ってからの帰り道。午後のお茶の時間を遮ろうとしたわけではあるまいが、どこぞかの遠征の帰りで回収物を満載している刑軍馬車の一団とすれ違い、これからもう一仕事騒がしくなるなと周囲の者は腕まくりをしていた。


「おーおー大稼ぎだな。あやかりたいね」


 ヨカゼがそれを眺めていたが、アイナはやはり値踏みローブとの会話が頭を占めていた。


「なんかいやに不安を煽られて終わりましたね」


「最初にしておくべき忠告でもあったのでしょう。とくに刑軍指揮官は若い騎士が集まっている。感情に任せて行動を起こす者がいるかもわかりませぬ」


「よくある話だ。俺ら相手にイキがるのに慣れて横暴・欲深になる騎士なんて山ほどいるからな。歳に不相応な力を持つと碌なこたあない」


「騎士同士で仲が悪いんですか?」


「少なくとも信頼が成立してるようには見えないな。勢力自体は格差があって力関係ははっきりしてるが。……ほら、噂をすれば一番でかい部隊仕切ってるガキのおでましだ」


 値踏みローブとの面談の帰り、門をくぐってすぐだ。ヴェルネリとヨカゼを引き連れ囚人街に戻ったアイナは嫌な奴をばったり会ってしまった。


「これはコーエン殿。先日は良い働きをしたようだな」


「クラウス……殿」


 いけ好かない黄金色の鎧を纏った騎士クロクワ・クラウス。彼の得物は槍なのかと肩に担いだ得物が目に付く。鎧と同じように豪勢な装飾が散りばめられ、よく磨かれた刃はギラリと光っている。そしてその背後には初めて会った時と同じように巨漢の刑軍を一人連れていた。


「君の奮闘があったとて一区画の事に過ぎないがな。私の部隊もオギカワ砦に展開している。再遠征があればこちらの足を引っ張らないように頼む。手柄と引き換えに被害も結構なものだったそうじゃないか」


 この間とは違い随分皮肉の入った口調だ。早々に猫を被るのをやめたという事か。


「そちらに心配される事ではありません」


「だろうな。ま、現場で出くわしたら私の部隊の後ろに居ても構わないぞ」


「っ!それも大きなお世話です!」


「だといいがな」


 付け火するような事をねちったが、今日は余計な話を長々する気はなかったらしくクロクワはすたすた通り過ぎようとする。しかしそれとは裏腹に今回は手下が動かなかった。


「……どうしたノット。行くぞ」


 どれくらいの上背だろうか。アイナが2人分というのは言い過ぎだが、そう感じるほどに圧迫感のある体格をした刑軍だった。


「クロクワ様、そこにいるのはストーム・スワローです。この野郎に俺は、あなたの前に仕えていた主を殺されました」


 ヨカゼ・トウドウの過去の一端、らしき事。


 眼が血走るとはこのことでノットと呼ばれた刑軍は憤怒の形相をヨカゼに向けたが、むしろ両腕はぶらりと脱力させる。その腰の両側に刺した2本の厚い両刃の短剣を瞬時に取れるような体勢なのだろう。


 対してヨカゼはその熟した怒りは似ても焼いても食えないとでも言いたげな、実に面倒な感でカタナを抜ける姿勢をとった。


 アイナは見送る笑顔が凍り付き、ヴェルネリは微動だにしなかったがそれは逆にすべてに備えて周囲への感度を上げたように見える。


「そんな事は皆が知っている。さっさと行くぞ、私は忙しい」


 しかしクロクワはそのように巨漢の「仇」の宣言をどうという事もなく切り捨て、彼の大きなぐいと肩を引っ張っていった。今すぐにでも命を賭けんと見えた刑軍の渇求を、まるで夕餉のための買い忘れを我慢させるように扱っている。


「あー……言ってなかったが、俺は結構恨まれてる」


 負の感情と伏せられた過去にそれを封殺する権威。囚人街の現実をアイナはまた一つ思い知った。

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