第37話 非信仰ジャック

 亡霊なんかじゃ足りねえか?クロクワを後ろから刺したら満足か、それでも足りなきゃ俺に軽蔑の眼を寄こした女騎士の生皮でも剥げばやっとてめえの逆鱗に触れるのか。いずれにしろ気が長すぎんだろ、俺が今まで何人殺したと思ってる。


 いつまで俺が一端の家の跡取りなんかやってる。


 ……仕方ねえか、神ってのは盲目だ。何しろ貧窮院の1つも見たことがねえはずだ。


 俺の田舎で一番近くにあったのはクソガキばかり入れてるトコだった。だってのにボロってるスポンジみてえなすえた死臭が漂ってたよ。戦で家も親もすっ飛ばされた善も悪もねえ年端のいかない群れが囲われてた。何の試練か眼を失ってるの、足が無えのや恐怖に侵され言葉を失ってるの。皆やせ細ってた。


 俺ん家はそれはそれは助けようとしたさ。医者を探し、飯を送り、ガキでも出来る仕事を与えた。俺もずいぶん遊んでやった。ボールや絵本でも持って行きゃ大喜びさ。

 

 だが2つばかし隣の教会ときたら話にならねえ。敬虔なてめえの信者は夜な夜な教会の裏で禁じられた酒やタバコをあおってやがったよ。相当に位が高かったようで密告も諫言もされない腐れ司教は山ほどの寄付を募ってはさっさと豪遊に出かけ女を漁り、癒しの魔法を扱えるくせに面倒なガキの世話など見向きもしねえ。政治を知ってしまってるうちの親父も手を焼いていたようで権威を抑え込む手段が見つからずにいた。


 だから俺は叙任されて剣を振る許可を得た日、手っ取り早くその教会をすっかり焼いて散々に串刺しにした司教をローストしてやったさ。後始末なんて知ったことか。奴さんへの寄付金で家がいくつ建てられると思ってやがる。


 万々歳じゃねえか。


 結果街には強欲な権威が1つ減り、民が寄付する先は貧窮院になり俺はマッドな放蕩息子の称号を得た。


 ブチ切れた俺がイカレちまっただけで街の仕組みが清い流れに変わり、か弱い小魚が息をする小川が生まれた。


 なるほど得心がいったよ。教会なんざ想像の世界を使って欲を食らう獏の住処だ。


 神の救いってやつは最っ高に世界一嫌いだ。これほどハリボテの概念は他にはない。救うべきも罰すべきもいつだって野放しさ。

 

 だから俺はてめえなんざ信じねえ。文句があるならかかってきやがれ。てめえもローストしてクロクワの晩餐にでも混ぜ込んでやる。野郎は味音痴だから豚との違いも判らねえだろうさ。


**


「起きたか間抜けが」


「ああ?」


 ジャック・アップルトンは大広場の端で寝転がっていた。傍で椅子に腰かけ全体を監督しているクロクワの声に応じて首を起こし、あたりを見渡すと黒紫の亡霊がゴロゴロ転がっている。溶けて消えているのもいれば、刑軍に運ばれ山と積まれて燃やされているのも。


 オギカワ砦にてモンスターハウスとの大戦を終えて数十分が経っていた。燃えている亡霊たちが練り菓子でも燃やしたような嫌な甘さを焦げ臭さに乗せて放ってくる。

 

「自分の部下に感謝するんだな。袋叩きに遭ってるのを救われたぞ」


「隊長さすがに突っ込みすぎでしょ。よく致命傷貰わなかったっすね」部下の1人がジャックをいたわる。小柄で金髪、飄々とした態度ではあるが黒紫の飛沫がその軽鎧に幾筋もかかっており上官を救いに激闘をこなした跡が見て取れた。


 モンスターハウスの大軍勢に突撃したはいいが、単独で切り結ぶのはやはり無理があり途中で敵にのされてしまった。どうやらそういう事らしいのをジャックは理解した。


「まあなアルネ。……咄嗟にこいつ使ったからな」腰に差した黒い鞘を撫でる。何やら詩のような文章が金色に刻まれている。


「強化魔法『アイアン・レックス』。そのトカゲ鞘ほど貴様との親和性の高いテスタメントはないだろうが、死にたくなければ最初から使っておくんだな。ちなみに教えておくと私の隊はお前の所の救助チームじゃない。知ってたか?奴らの大半を葬ったのは私の兵だぞ」


「そんな睨むなよ、いい練兵になったろ。あのぐらいならいけると思ったんだがなー」


「数を考えろ馬鹿め。一騎駆けする無謀者の脳に記憶の空きがあるか知らんが、自信があっても3倍以上の敵とは正面から戦うな。当たり前だろう。何より貴様の独走のせいで要らぬ人的損失を出した」


「貴重な火薬は節約できただろ。……なあクロクワ。俺は神様は大っ嫌いだが、魂の輪廻はあると思ってる。実際ああやってスライムなんぞに憑依しちまうしな」


「貴様はいつも要領を得ない返事だな」


「要領はあるさ。神は何も救わねえ、だから俺らが配慮してやらなきゃならねえ。蘇生の魔法を使う高位の術者を前に見たことがあるんだ」


「結論を言え」


「直前に切り殺された奴は生き返ったが、爆殺された奴は死んだままだった。火薬は魂まで消し飛ばす。きっと材料に悪いもん使ってんだろ。殺るならちゃんと殺る。名家の騎士ならそうすべきだな」ジャックは痛みを確かめるように節々をさする。


 全く頭が痛い。この男の独自の価値基準に共感してそれなりの数の兵が集まるのも厄介な話だ。


「……おかげで今生きてるやつが何人も死んだぞ」


「ご愁傷様。次はお坊ちゃんに生まれてくるんだな」


「俺は船乗りの息子がいいすね。外海を渡ってみたいです」


「何年かすれば機会はあるさ。同盟の都市には海に面したところもある」


「手下共々ロマンチストの戦闘狂とは手に負えんな。……明日にはコーエンも到着する。3人で軍議を行うから必ず出ろ、負傷で動けんなど聞く耳持たんぞ」どうせ碌に説教など聞く手合いではないかと飽いたように切り上げた。


「話し合うことなんてあんのかよ」


「此処はそろそろ一般の運び手を入れる目途がつくからな。次はミスリル鉱山のサルベージを始める。それに砦の周囲の検索もしなければならん、インプの群れの報告も入っているから役割分担が必要だ。今日の貸しでお前には一番働いてもらうからな」

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