5章 3騎士の戦線

第36話 指揮官クロクワ

 父は王都の重臣。領地として抱える城も王都を守る要地だ。


 兄は長男として権力と財産を受け継ぎ城と地位を守る定め。魔導士としてもテスタメントも要らずに数種の魔法を操る才人。


 誰もが認めるクラウス家の後継者。


 ならばと私はと槍を取り軍学を学んだ。


 統治する兄は自由には動けまい、弟の私はこの世界を縦横無尽に駆け回りクラウスの武威を世に示そうと。


 故にまず前線地帯のジェリスヒルに来たのだ。将来の私の軍の中核をなす精兵と共に。


 ただ強い戦士の集団というだけでは常識の範疇を出れはしない。策謀を巡らし圧倒的な優位をもって勝つ。それを実行するためには強さに加えて正攻法の裏をかける特殊技能を持つ人間が必要だ。


 刑軍を統べているのもそんな一芸に秀でた異端を探すのに都合がいいと思ったからだ。鍵を破る盗賊や嘘を信じ込ませる詐欺師、巧みに船を操る密輸犯。囚人街には特異な人材が鎖につながれ時折やってくる。


 鍛え、集め、清濁を服従させここで強力な軍の土台を作る。それが私の目的だ。


 今回の補充で刑軍も100を超えたか。あの中で釈放後に召し抱えるほどの価値ある者がどれだけいるか。せいぜい気を張って見せるがいい。


 ……しかしあの女。たった数人の枠とはいえ移送された囚人を最優先で選択出来るよう値踏みローブに取り計らったようだが一体どうやったのだ。あのくたびれた生地は生半可な贈り物では動かんはずだが。


**


 オギカワ砦の中心部にある大広場。数千の人間が集まれるその広場は、かつて城主の演説や各種の催しが行われていたのだろう。今は派遣された刑軍が集結している。

 

 足掛け数か月に渡ったこの砦を巡るサルベージも大詰めを迎えていた。


「クロクワ様。発見されたモンスターハウスの起動鍵、あらかた集めあちらに」


「ようやく此処の任務も終わりが見え始めたか。火薬の準備はできてるな?」


「抜かりなく」


 大広場の中心には火薬が詰められた樽が数個設置されていた。その周囲の数名の刑軍は2つ折りで封をされた白い紙の束を恐る恐る指でつまんで持っている。


「よし、では起動しろ」


「や、やるぞ」と促され1人が白い紙の封を破る。全員が素早くそれに続き、紙束が真っ黒に染まるのを見るやそれを地面に捨て置き走った。


 瞬間、広場の中心から黒い魔法陣がぶわり地面に幾重にも広がる。ずぶぶと魔法陣から場を埋め尽くすような数の黒いスライムがはい出して呻きだした。


 ギイ――――!ギイ――――!


 ギイ――――!ギイ――――!


「さすがにあれだけ集めると多いですな。500は居ようかという数です」


 スライムたちは変形し始め兵士や魔物の姿に変貌している。黒い体に紫色の邪悪な発光が混ざりその敵意を発散している。


「樽に火矢を打ち込め。さっさと爆ぜるがいい亡霊ども」


「……クロクワ様、あれを」


 側近らしき戦士が発破に待ったをかけた。戦士が指さした方を向くと1人の男が路地から飛び出しモンスターハウスの大群に向かって疾走している。


「止まれ!何をやってるジャック!」


「一々聞いてんじゃねえ、俺とお前の優先順位が同じなわけねえだろが。滅多にねえだろこんなチャンスよお!」


 ジャック・アップルトンは、さあ変形を終え動き出そうかというオークの亡霊に少し反りの入ったサーベルで斬りかかった。一刀で豚面の首を刎ね、その勢いのまま次の敵の胸を突き刺す。瞬時に2体を片づけた騎士を警戒して亡霊たちは数歩距離を取り構えた。


「さあ屑の登場だぜ神様あ!いつになったら俺に天罰をくれにおいでなさるんだあ!?」


 叫びながらジャックは亡霊剣士の剣をゆらり躱してそいつの手首を切り落とす。


 まともに号令もかけずに一騎駆けしたのだろう、そのタイミングでようやくジャックの部隊が慌てた様に進軍をはじめ私兵も刑軍も入り乱れて走った。


「全く感動するよ戦闘狂が」


 手っ取り早く爆破によって蠢くトラップを処理する機会を逸したクロクワはため息をつく。いくらジャック同様のゴロツキが集まる隊とはいえ連中もろとも起爆は気が引ける。


「こちらにも来ます」と部下の呼びかけに応じ仕方なく長槍を構えると、即座に50人はいようかという大盾と槍を備えたクラウス家の戦士がクロクワの前に隊列を作った。


 ジェリスヒルの鎧をまとった黒紫色の亡霊剣士が数十人、一体となって突撃してきている。元はスライムだったはずがガチャガチャと金属音を立てて迫る。


 ギイ――――!ギイ――――!


 ギイ――――!ギイ――――!


「ファランクス(密集隊形)」


 クロクワが一言号令をかけると戦列を作っている戦士たちは密着し、大盾を横一列に重ねあうようにして前に構える。1枚ずつが鱗になり横に伸びた鉄の大蛇のように防壁を構成した。


 ギイ――――!ギイ――――!


 動かず受け止めることに徹した盾の大蛇に力いっぱい亡霊は剣を打ち込む。だが数十の鉄の衝撃が辺りに広がるとも大蛇はビクともしなかった。重なり合った鱗は打ち込まれた力を全体で共有・分散し見かけの人数を遥かに超える防御力を発揮していた。


「押し返せ!」


 反撃の指示が下ると戦士たちは一様に握っていた槍で突く。構えた盾の上から繰り出されるそれは初手を防がれ勢いを失った亡霊剣士達を次々貫いていく。


「ノット!」


「御意。皆かかれえ!」


 後の先を得た有利を逃しはしないと鋭く呼び立てるとノットが率いる刑軍の集団が横から襲い掛かった。ノットはその巨体に似合わぬ素早さで前面の防壁に怯んだ一団を分厚い2本の短刀で切り刻みながら駆け抜け、続く刑軍はさしたる武勇自体は見せぬものの数人がかりで1体にかかり確実に倒していく。


 クロクワ隊は敵の第1陣を圧倒した。


 バタバタと倒れる黒紫の連中を踏み越え前に進む。


 大広場の中央は400体以上のモンスターハウスの大軍団が円形に固まり唸っていた。既に側面からは一直線に突撃を仕掛けているアップルトン隊の戦塵が舞っている。敵のど真ん中でサーベルを振り回す暴走した隊長を救おうと押し進んでいるようだ。


「紙切れに封じられた魂を解放するは哀れな囚われ者達、ミルワード公は皮肉がお好きな方だ」


 列を揃えたまま歩を進めるクロクワ隊。歩調のリズムまで一致していてからくり人形が歩いているようですらある。


 その隊がもう少しで大軍団と交わろうという所で、一呼吸置いていた黄金色の鎧の騎士は思い切り助走をつけ飛んだ。そして防壁を構成する戦士の肩を次の足場にして大人3人分ほどの高さまで舞い上がったか、長槍を抱えた彼もまた部下に先んじて空中から突きかかった。


「貴様らの遊んだ後を綺麗に掃除してやったんだ。私にも余興をくれるのだろうな亡霊ども!」


 2隊は敵味方ほぼ同数の激戦に突入した。

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