第35話 閣議


 質実剛健。そんな印象のシンプルな鉄製の会議机と木椅子。絨毯もない簡素な部屋。席ごとに好みの飲み物が入ったゴブレットと厚い資料が置かれている。


 会議机の一番奥にはその質素な部屋で唯一羽毛が仕込まれふわり快適な座り心地のする肘掛椅子があり、ジェリスヒル領主のミルワード・ワイバーンが座っていた。その左右には都市の要人たちが囲んでいる。


 『閣議』。この都市の運営に関わる重要事項を討議する要人会合だった。


「それで、オギカワ砦のサルベージはあとどれくらいで完了する」領主が尋ねる。


「トラップの除去がなんとも。確認された地雷魔法やモンスターハウスを全て片づけなければ兵士以外は入れません。とくにモンスターハウスの数が半端ではない」


 その隣に座る40代も終わろうかというくらいの外見の壮年の騎士が答えた。


「近場にあるミスリル鉱山も忘れてもらっては困るぞ。一大産業拠点だし、あそこで採れるミスリルはうちの鍛冶ギルドの土台だったんだ」


「是非採掘を再開してほしいですな経済が回るのは実にありがたい。山肌には質のいいヒノキも生い茂っていますし大工たちも喜びます。劇場の修繕にはいい木材を使わなければ」


 末席に座る2人が睨み合いながらも意見を同調させた。


「あの一帯を任せている刑軍はどこだった」


「クラウスとコーエンの部隊です。クラウスは200人ほどの隊で現在は都市に帰還。コーエンは例の件もあって戦力はほぼありません。都市近郊の些末な任務に終始しています」内務大臣はながらで厚い資料を目に通している。


「彼女はもともと見習い同然で10人以下の隊だったでしょう。ルーガスタ領主に追加の兵を催促していますが何故かいい返事をよこしません。大切な実の娘でしょうに」


「大切ならこんな前線に送りませんよ財政大臣。むしろ廃妃寸前のはぐれ者という印象です。まさかとは思いますが先日の使節暗殺事件、例のパージクエストの行き過ぎという見方が大半ですが中にはコーエン家のお家騒動なのではと訝しむ者も」


「そんな噂を真に受ければ南のユニコーンの逆鱗に触れるわよ劇場主さん。あそこと揉めては面倒この上ない。若い騎士の小競り合いも困ったものだけれど、もうじき囚人の移送日ですから刑軍の補充は出来ますし我々の兵を貸してもいいでしょ」


「なら私の直下兵をいくらか出しても構わん。忠実で精強、文句も出んだろう」


「兵も喜ぶだろうな。歳喰った爺様よりうら若き戦乙女がいいに決まってらあ」末席の右の男が壮年の騎士をからかう。


「本人が受け入れるかは不明ですよ『雷鳴』殿。パージの際に我々が非協力的だったことで彼女は不信感に囚われています。見たところ今抱えている刑軍1名と邸宅の女中以外は誰も信用していないかと」


「許容する『緩み』としては度が過ぎ始めましたかな。代償としてクロクワを筆頭にかなり財を吐かせていますが」


「だから律せよと前々から申しているだろう!」


 壮年の騎士に凄まれた白髪の財政大臣はあっという間に委縮して下を向いた。財政大臣は清濁問わずあの手この手で儲けに走るが自身は気の小さい男だった。


「……ウィル、クロクワと組み手でもしてやれ」領主が命じた。


「御意。騎士とは何かを教えてやりましょう」


「しかし誰です?雷鳴殿よりも令嬢騎士の信を得たならず者とは」劇場主と呼ばれた男は興味を持ったようでワイングラスを置いた。


「ストーム・スワロー」と内務大臣。


 一瞬の静寂が場を包んだ。


「……悪名高きツバメが一の家来とは大したお嬢さんですな」

 

 末席の左に座る劇場主が楽しげな表情で自前の髭を撫でた。


「あれが悪名ね……劇場じゃ今は不条理演劇が流行っているのか」


「閉塞感漂う難解なものは客席は埋めませんよ鍛冶ギルド長。いつだってメロドラマが看板です」


「それも有り得るんじゃない?女騎士と刑軍、ロマンス劇には格好の題材。そう……テンペストのような」


「では妖精に街を襲わせ、剣士を刻爪の呪いから解放しますか内務大臣」


「そして道化の姿をした追手が二人を殺しに行く」


 芝居じみて心臓を握りつぶすような手振りをしたところで「話が逸れ過ぎだ」と領主が一喝した。内務大臣と劇場主は口を真一文字に結ぶ。


「つまる所はたかだか5等級騎士の小隊だろう、本人がいい様にしてやれ。ルーガスタから何かあれば私が直接返事を出す。本題はオギカワ周辺の復旧だぞ」


「それについてクラウスから上申が。編成にアップルトン隊も加えてほしいと。叶えばオギカワへは300人を優に超える部隊派遣が出来ますのでトラップ除去や周辺の魔物討伐も今より進むでしょう」と雷鳴と呼ばれた壮年の騎士。


「よろしいのでは?周辺の掃除をさせるならアップルトンは適任です。魔物やトラップ相手なら仕置きが必要なことは起きないでしょう。……あまりね」白髪の財政大臣も賛意を示す。


「お目付けでクラッキオを付けてありますし、衝突があれば彼が対応するかと」


「貧乏くじな奴ってのはいるもんだな。野郎は使いっ走りまでやらされてギルドにもよく顔を出す」


「……いいだろう。コーエン含めその3隊で事に当たれ」


「承知しました。手配します領主」騎士が結論を得たと立ち上がる。


 鍛冶ギルド長も「終わった終わった」と同時に席を立ちさっさと帰ろうとするが「待て」と領主に2人とも呼び止められた。


「ウィル、それにブルーノ。閣議はまだ終わらんぞ、難題は山ほどあるんだ。2人ともいい加減使うばかりでなく経営を覚えろ」


「左様。次は金の話ですな、砦を建て直すのだから大金がかかる。じきにローブ殿もここに来ますからそれまでに現状の財布を理解して頂かねば」


 財政大臣が書類の束を抱えて控えている家来を呼ぶと立っている2人は「エール!」と唸り、酒をかっくらいながらも晩餐の時間まで苦手な数字の話を聞くことになった。

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