第34話 帰り道

 すぐ後ろに見えるのは数十の家屋しかない小さな農村。のどかな街道を2頭立ての馬車が通る。幌には騎士と刑軍の紋章が並んでいた。一仕事を終え、もうじき日が暮れるがわざわざ宿泊することもないと都市への帰路を辿っていた。


「2割ってとこだったな治ったのは」ヨカゼは風を受けながら欠伸をする。


「あれだけの重傷は一気に全部は治せませんよ。呪文をしっかり覚えさせましたし、たとえ魔力が弱くとも日に1度使い安静にすれば数週間で見た目は元通りに。次は上手く表情筋が動かせるよう数か月かけて訓練です」


 アイナは御者として手綱を握っているヨカゼと背中合わせになるように馬車の中で座り返事をする。自分が座る場所を除いては盗賊の館での回収品が山と積まれていた。


 癒しのテスタメントである木の杖。あれは結局ゼンキとミョウキにくれてしまっていた。勿論刑軍としては200万ゴールド以上の値を見込もうかという宝を前に渋ったが騎士の判断には逆らえず、杖を持たされた彼らを見送り泉に散らばった毛皮や銀製品なんかで妥協するしかなかった。


「しかし、賊に身を落とさなくてもあんな力自慢なら何かしら仕事は得られそうなものですが」


 自分をぐるり1回転させる程の勢いで殴り飛ばした相手の心配をしている。どんだけ世話好きなんだ。八つ当たりするように風を切って進む馬車の屋根に備えたプラプラを指でぱちんと弾くと、サボっていた魔物は焦ったようで輝きを増した。


「身寄りのない乱暴者じゃ普通は怖いさ。この辺りは異種族にそこまで寛容じゃないし、0から身を立てるってのは腕力よりも交渉だ。口が回るタイプじゃないだろうしあいつらじゃ時間がかかるだろうな」


 持ちきれないほど持って生まれた貴族の娘には無縁の下々の現実。何を言ってもうざったい偽善に聞こえるだろうと賢く返すことが出来ず口をへの字に曲げる。


「まあしぶとくやるさ。簡単にのたれ死ぬタマじゃなかったろ。……毛皮とってくれるか、日が落ちて冷えてきた」沈黙を察して話題を変えようと注文を出した。


「あ、ちょっとまってください」


 小窓から暖かそうな黒毛の毛皮を渡す。

 

 しかしアイナはそこでふと森での言葉を思い出し、と彼に尋ねた。


「あの、森で言ってた第一世代というのは……?」


「つまらん話が好きだなアンタ」


「職業病です」


 半年もたたずに患うとは気の毒だ。そう皮肉をこぼして一呼吸置き、毛皮をひざ掛けにすると彼は話し出した。


「凄まじい膂力に再生能力。鬼ってのはどういう生まれか知ってるか?」


「人間に魔物であるオーガの血が入ることで生まれると」


「その通り。オーガは魔物だ。でかい角が生えてて、地獄の窯で鍛えられたような強靭な肉体。肌は赤だったり青だったり色々。特別俺達とは相容れない種族で性格は残忍。敵を倒せば生きたまま皮を剥ぎやがる」


「私は、まだ実際に見たことはないです」


「生息地はここからさらに東だからな。ただまあ、そういう魔物と人の血が混ざるってのはどういうことかって話さ。アンタが読んで学んだ書物なんかは知識を効率的に伝えるためにストーリーを省いてある。……あいつらの親が怪物と恋愛結婚して幸せに子供を設けたと思うか?」


「え?」


「ある日小さな村がオーガの群れに襲撃される。人を遥かに超えた腕力に男たちは太刀打ちできず、逃げるにもあっという間に追いつかれ頭を握りつぶされる。数時間もせず村は壊滅、家畜や家財を奪われ娘達は犯される。焼け野原になった後、運よく生き残った娘は種を残されて人間とオーガのハーフである『鬼の第一世代』を生む」


「そんな……」


「見た目でわかりやすいってのがまた悲劇だ。肌の色も背丈もあんな風に人間のそれだったとしても、なんたって角が生えてる。絶望の日を思い出させる赤子を愛情をもって育てる事が出来ない母親が当然出る。その血の半分を恨み実の子を虐待、じき見捨てられた幼い子はまともな生活が出来ず裏の道で生きるしか選択肢がない」


 なんであれ産んだ子だ、責任をもって育てろ。そういうのは易いのだろうが解決策としてアイナには片手落ち感が否めない。耳からの情報だけで心細さを覚え自分も毛皮を取り背から被った。


 彼らなら本気で抵抗すれば人間の親の方がただでは済まないだろうに。特にあの物分かりがよさそうな娘、家を飛び出すまで娘の方だけには理性が働き碌な自衛ができなかったか。兄妹ではないと言っていたがあの直情な若者も顔が焼かれる厄難には居合わせず、盾にはなれなかったらしい。


「私の事はきっと、嫌いだったんでしょうね」ため息交じりにこぼす。


 馬車の車輪がガタガタと小石を轢きながら走る。その小石たちは物言えぬ民に代わり、いい気に贅沢を謳歌する貴族にせめてもの一発をと地面から責めるように小刻みに馬車を揺らした。


「誰だって羨ましいだろアンタくらい恵まれてれば。まああいつらは道理はわかってる気がしたがな。ミョウキは随分感謝してたしゼンキも拳はもう打ってこなかったろ」


「拳は当たり前じゃないですか。あんなの2回も貰えませんよ、まだ腕痛いんですから」


「ちゃんと盾で捉えてただろ。だがいい男女平等パンチだったな。きっと自分の女以外は全部同じに見えるタイプなんだろうな」



 そう返すとアイナはまたも口を閉じた。



 怒りか嘆きかがぶり返したかと手綱を緩めヨカゼが振り返って馬車の小窓を見る。


「どうした。回収品ももっと持たせてやればと後悔か?」


「違います。物をたくさん渡すよりは読み書きを教えるべきです」


 大きく目を見開いてぽかんと静止していた。心なしか腕がわなわなと震え、席の背もたれでも思い切り掴んでいるかのようだ。


「小窓空けてもっと風入れたいならその取っ手を横に――」


「違います」


「じゃあ何だ。瞳孔開いてんぞ」


「や、やっぱり……こ、恋人同士ですよねあの2人!ずっとそう思ってたんです私!」


 突然に声が大きくなる。これはいよいよ責めるのは私の番だ、という顔だろうか。


「そりゃそうだろ。んだ急に」


「彼、あの杖は自分の命より何倍も重いって吠えてたじゃないですか!一撃刺し返したいところでしたが今思えばあれは少しミョウキが羨ましいです!なんか、なんか境遇に不幸があっても頑張れる感じしませんか!恋人の負傷を癒すことに自分の命をいくつでも賭けれるって結構男気がありますよ!」


 鼻息荒く捲し立てる。もしかして森からずっとそれを抱えて我慢してたのか、とヨカゼは少し引いて「女の土下座で助かってるんだから50点だな」と水を差し手綱で馬を叩いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る