第31話 閑話ー騎士の詰問


 今日のジェリスヒルは一面の曇り空。北東部にある鍛冶ギルドから昇る炭交じりの黒煙とは違い清く上空を包み、静かに恵みの雨を与えるか決めかねているようだった。


 だが刑軍指揮官たる騎士クロクワ・クラウスは、その曖昧模糊とした天の悠長さえも凡愚と罵りそうな様子で肩をいからせ歩く。


 全く面倒を起こしてくれる。


 目的の場所へ着くと黄金色の甲冑に身を包む騎士は八つ当たりのように扉を拳骨で叩いた。


「ジャック!ジャックアップルトンはどこだ!」


 ジェリスヒルの中央区画にあるアップルトン家の邸宅に黄金色の騎士が押しかけていた。


 取次に出てきた女中に叱りつけるように呼び立てさせるとジャックが寝巻姿で、ただ剣だけは携えて大玄関まで降りてくる。いかにも寝起きだと気だるく壁に寄り掛かるが、その座った眼はいつもと変わらず血に飢えたような赤みの強い琥珀色だった。


「よおクロクワ、1か月ぶりくらいだな。遠征成果で得意顔でもしにきたか?」


「そんな事どうでもいい。王都からの使節が消された事件、あれはお前か?私が任務に出ている間に随分な暴走だな」


「んで俺がそんな事すんだよ」


「その使節は手紙を届ける傍らでコーエン家から委託されアイナ・コーエンへの荷を輸送してたそうだ、領地からの補給物資を。刺客はシカバネマントとかいう間抜けな呼び名をつけられたぞ」


「……ルーキーへのパージクエストで俺がって推理な訳か」


「遊びで殺しまでやるならお前だろう?単細胞で品に欠けるやり方だ」


 そう聞きながらクロクワが背後の玄関扉を蹴ると、その大きな両扉が控えていた配下により完全に開かれ外の様子が見通せるようになる。アップルトン邸の前にはクラウス家独自の豪勢な鎧を纏った戦士が20人ほども整列していた。その整然とした身じろぎしない小隊の佇まいは黄金色の騎士への忠誠と、精兵たる威厳を放っている。


 詰問と明らかな威圧にジャックは嘲笑うかのような笑みを浮かべしばらく考えるが、女中に珈琲を指示してから答えた。


「俺はお前だと思ってた。刑軍なら誰だってお前の指図だと思うだろ?それに言ってたじゃないか、駒を奪う遊びをすると。あの女はチェスボードの上で丸裸になった」


「私がやろうとしてたのはただの『剥がし』だ。私兵だけを北部戦線の増援に組み込んでこの都市でコーエンを孤立させる。それだけだった」


 ぴしゃりと床に封のされた巻紙を叩きつける。ジャックは拾い、その中身を確認すると「上申書の写しか。北部援軍の編成案と共に私財から馬30頭に小麦の供出。採用される紙ってのはこう書くのか」と愉快そうに頷いた。


「おかげで台無しになったがな」


「まあこっちがお前のいつもの手だな。だが今回は過激にやった。振られたのが効いて気が変わったんだろ」悪びれもせず欠伸をしながら頭を掻く。


「私なわけがあるか馬鹿共が!限度も分からず殺しまでやってどうする。刻爪で刑軍を殺すのとは次元が違う、名家を繋ぐ王都からの高位の使節だぞ!」


「立派なお父上からさぞ大減点を食らうだろうな。謀略と宣戦布告の違いも判らんのか愚か者!ってな。お嬢様に派手に喧嘩売ったのが知れたら武名名高いルーガスタ軍から大勢押しかけてくるんじゃないか?」


 捲し立てるクロクワにジャックはどこ吹く風だったが、いい加減苛立ったクロクワが手を上げ後ろの小隊が剣に手をかけると「わかったわかった真面目に喋る」と赤い絨毯が引かれた階段にどっかりと座り込んだ。


「俺はやってない、つーかそんな女居たことも忘れてたレベルだよ」


 クロクワは大きくため息をつく。どちらの答えでも殺しは異常事態というのに違いは無いのだが、この享楽的なギロチン気取りは悪いことにこの手の話では正直者だったからだ。


 それだけでこの件について潔白という事には勿論ならないが、悔しいことにたった一言でその疑わしさはクロクワの中で相当に薄れてしまった。


「嘘なら、その首叩き落とすぞ?」


「お前とやり合うならもっと盛大に始めるさ」


 そう言って鞘に収まった剣を肩に担ぎあげた。黒革の鞘には赤文字で何やら詩のような文章が刻まれている。


 ジャック・アップルトンを知って数年になるが、刑軍だろうと一般人だろうと毎度自分が殺していればそれが食後のデザートだったかのように満腹気な面で殺したと答える。


 騎士として率いるよりも最前線で敵の戦列に願望の赴くまま突っ込ませた方が似合いの箍が外れた男。もし騎士同士の闘争を仕掛けたのならば意気揚々と吹き散らすはずだ。


「なら下手人の噂は出てないのか。コーエンに興味はなくとも暗殺者と遊ぶのはお前の趣味に合うだろう」


「聞いたことないな。……だがこうなると実に面白い話だ」


「あ?」


「名家のルーキー、そこに関わっちまった奴が消されて犯人はお前でも俺でもない。こりゃあこの都市始まって以来の謎だろ」


「探偵ごっこで済めばいいがな、ともかく刑軍の筆頭指揮官として愚行をする者は私が掌握しなければならん」


「自分への疑いを打ち消すため、だろ?」


「ミルワード公から謂れのない仕置きがあれば貴様も道連れだぞジャック」吐き捨てるとクロクワは機嫌悪く踵を返し、小隊を引き連れ去っていった。

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