第28話 物置部屋
摘発されたのは小規模の盗賊という話だったが、この館に盗品をそれなりにため込んでいたようだ。2人のバックパックは小1時間の探索だけで満載になりつつあり1度馬車へ戻ろうかという頃だった。
「待て。音がする」
1階の調べ残した2部屋のうち1つにヨカゼは違和感を抱き、扉にぴたと耳をつける。
「中で何かが跳ねてる。音からするとあまり大きなものじゃないな」
「魔物でしょうか」
「そういう感じはしないがどうだろうな。開けるぞ、下がってろ」
扉を引き開けると3方に棚が置かれごちゃごちゃと荷が積み重なっている物置部屋が現れたが、同時に入口の真上、天井に設置された籠が開きぼとぼとと親指ほどの大きさの生き物が降ってきた。
「うわっ。……カエル?」
「黄色と黒のまだら模様。派手な柄は有毒の生物にありがちだ」
推察の通りげこげこと鳴きながらカエルの群れは口から黄土色の液体を吐き出す。液体が落ちると木の床はじゅわりと音を立て、腐ったようなこげ茶に変色し少しばかりの穴を開けた。
「酸、ですね」
「まだ中に入るなよ。見ろ」
顎で促された数歩先を見ると、カエルたちの少しだけ先に糸が張られていた。不用意に入室して酸にうろたえれば足を引っかけていただろう。
「中を覗かず壁に張り付いてろ」と指示してヨカゼが大広間で回収したナイフを投げその糸を切断すると、ドスンと砂袋でも落ちたような音がした直後に部屋の奥から矢が連続して飛ばされた。空いた扉を抜けて廊下の壁に10本ほども突き刺さる。
「連弩で追い打ち……!」
「仕掛けた奴はいい趣味してるな」
愚痴って再度入口から室内をしばらく見渡す。罠は打ち止めと判断としたのだろうヨカゼは足を踏み入れる、右奥に設置された連弩を取り外した。アイナもそれに続き入室する。
「ダブルトラップのある部屋ということは」
「ここには特別入って欲しくなかった。理由を探そう」
埃っぽい物置部屋は、ここを拠点にしていた盗賊の過去を思わせる物品が多かった。小さな教会でも襲ったのだろう古臭い銀の燭台や儀礼用のカップの山。反対側の棚には毛皮が何十枚と畳まれている、こちらは賊が自分たちで狩りたてて剥いだのか専門の行商から奪ったか。
「……ヨカゼさん。私に質問したり、しないんですか?」毛皮を綺麗に畳みなおしパックパックに入れながら聞いた。
「何だ急に。やばい隠し事でもあるのか?騎士殿」とヨカゼは銀の燭台を適当に詰め込む。
「その、なんで故郷から追加の兵がこないのか。とか」
「聞かれたらホイホイ話すって種類のじゃないだろう。……それにその点じゃアンタも似たようなもんだ」
「私もですか?」
「俺が何やらかして3億ゴールドも懲役くらったのか。調書じゃ詳細は伏せられてるだろ。まだ1度も聞かれてない。それともほかの連中から聞かされたか?」
「いえ、配下について噂話を集めて身辺調査みたいなことはしたくないです」
「本人から聞いても真実は揺蕩うさ、自己弁護が入るからな。……別に見の上話を拒否したいってわけじゃないが、過去を握り合って信頼が高まるってのは昔から信じられなくてな。俺は懲役金を減らしたい、アンタは任務をこなしたい。目的が合わさってれば大抵のことは気にしない。それに何よりお互いに楽しい話じゃなさそうだ」
「……ありがとうございます」
「関係構築をサボる奴に礼言ってどうする。奥の棚も任せたぞ」
「了解です」
錠に合わせて変形する万能の鍵。
アイナはこの頃彼にそんな印象を持っていた。
サルベージに関してはヨカゼ・トウドウは本当に頼りになった。いや、サバイバルに関してはというべきか。悪意を見抜きトラップを回避する。魔物に出会えば斬り、逃げ、かといって荷を失うこともない。もっとも初任務以降は出会ったところで貧弱なインプ程度だったが。
しかし旧跡を踏破することにおいては刑軍の中でも指折りの実力者なのは間違いないだろう。
すっかり現場での主導権を握られているのだが、明らかに私の方が未熟なのだから自然な流れだった。指揮官と兵卒というより新兵と教官。いっそ彼1人の方が効率的な探索をするはずだ。
友人と呼ぶには距離を感じる。他人にあてがわれただけで忠誠を誓った配下でもない。刻爪の呪いという鎖によって支配下にはあるのだが、言動を間違えばその卓越した生存技術は呪詛を唱える間も与えずに私を切り刻むかもしれない。実際さっきの罠でも事故に見せかけて私を殺すくらい訳ないだろう。
だが彼は、ヴェルネリの見立て通りどうやら思った以上に「真っ当」だ。言葉足らずなところはあるが遠征先では常に私の先を歩き、都市内でお付きをすれば後ろからこっそり助言をくれる。
今の私は唯一残った部下のヨカゼ・トウドウを信用する他に手段はなく、彼は碌に理由も聞かずにその依存に応えてくれている。どうしてそんなに忠実にいてくれるのか聞くのは躊躇してしまっている。現状を崩す失態が舌から飛び出すのが怖い。
騎士と刑軍。たったそれだけの表面的な関係が私の命をつないでいる。
私は戦う力が足りない。ダンジョンでも都市でも。
パージクエスト、事前に知らされたとて私は恐らく回避できなかった。
こちらには万全の兵がいるとしても3、4人だ。武力は勿論の事、都市内での権力闘争に介入する政治力もなければスパイを張り巡らせ情報戦を展開するような人手もない。私自身もそのような駆け引きに自信があるはずもない。
「これを機と捉え自らを鍛えるのです」と女中のドーラさんには諭された。幾人もの令嬢を育てたベテラン女中さんは実に肝が据わっている。
下手に抗っては反発者めと更なる攻撃に遭うかもしれない。私には絶望的に戦力が足りないのだ。今は怯えを装い、都市への従順さを捧げる無能を演じなんとか自衛を試みるしかなかった。
**
物置部屋奥の棚は毛色が違った。大小の書物が重なっている書棚だ。バシバシとレイピアの収まった鞘で少し表面を叩くとほこりが舞い飛び、咳き込むのと代わりに書かれた表題が明らかになる。アイナがざっと目を通してみるとこの辺りの歴史に関するものや20年も前に書かれた小説、農業に関する手引書なんかもいくつかあった。
「この棚の物は近くの農村から盗んだんでしょうか」
「盗るにしては嵩張って値段もつかない気がするな。ひょっとするとこの館の本来の持ち主が残した物かもな。いずれにしろ持ち帰って値踏みローブに見せりゃいい。どう扱うかは野郎の仕事だ」
「馬車の積載量的にも結構ギリギリかもしれませんね」
「無理なら置いてくけどな。近いからって走って帰る羽目は御免だぞ」
「そんなこと言いませんよ」
そしてふと積み重なった書物の列の谷間を見やると、1本の小さな杖の先端がはみ出しているのが見えた。アイナは無造作にそれを引き抜く。
「あれ。これ文字が」
「どうした」
「この木の杖。テスタメントかもしれません」
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