第28話 盗賊の館
本来はどこかの金持ちの別荘だったか。ジェリスヒルから馬車で僅か数時間、農村のはずれにその館はあった。すぐ裏手には深い森林、中に入れば鹿狩りでも楽しめるだろうか。右方に少し歩けば日がな釣りでもしていられそうな湖畔がある。
盗賊の拠点にしては贅沢だ。ヨカゼ・トウドウは着いてすぐそう感じた。立地だけではない、その館の造りはしっかりとした煉瓦建築で乱れ無くブロックの列が積み重なり、中に入れば舞踏会でも出来そうな大広間が迎えその奥に続いている廊下や上階を合わせれば10数室はあろうという邸宅だ。
「たった2人じゃまた荷運びで1日終わるなこりゃ」
「そのぶん回収額はヨカゼさんが独占できるわけですから。さっさと始めちゃいましょう」
勿論今の姿としては無法者の巣窟らしく散らかってはいる。大広間には酒瓶や無造作にぶん投げられた衣類、足の折れた椅子。丸い的が書かれた柱にはナイフが何本も突き刺さっている。
こういう使い方をされるとは思ってなかっただろう建物にヨカゼは憐れみを込めてため息をつく。そして「俺は悪気はないぞ」と囁き柱のナイフを抜いてバックパックに収めた。
「それで、おっさん達はいつ帰るって?」
「伝者から受け取った手紙の通りならあと1か月ほどでしょうか、でも何とも言えません。ヨカゼさんに紹介して貰った情報屋にも依頼しましたが、北部の戦況は混迷していて補給部隊でもどこで足止めを喰らうかわからないと」
「あの赤毛、俺になんか言ってたか?」
「『言わんこっちゃない。この無能』、だそうです」
「そりゃお優しい」
「ヨカゼさんに責任はないですから。あ、このブーツ鷹の羽が縫い込まれてますね。僅かに風を纏ってるようです」
「悪くないな。ワゴンセールに走る奥方なんかに高く売れるだろうさ」
「ブーツ買うお金でゆっくり好きなもの買えばいいじゃないですか。主婦より兵士が履くべきです」
「なら兵士より馬が履くべきだな。足に関しちゃあいつらを一番労わってやりたいね」
「蹄に合うのを見つけたらそうしますよ」アイナは自分のバックパックの側部にブーツの靴紐を縛りぶら下げる。
この頃はこうした付近の村宿を拠点に出来るような手頃な任務ばかりだった。最早馬車を分けることすら余計になり移動も刑軍とコーエン家の紋章が両方入った馬車一輌だ。
アイナ・コーエンとヨカゼ・トウドウは、この数週間ほど、2人だけで日々の任務をこなしていた。
――この新人騎士が囚人街の自分の部屋に茫然自失で押しかけてきて幾日が経ったか。
「ようやく知りました。パージクエストっていうらしいですね、これ」
棚を漁ると手に装着する鉄拳具があったのでアイナはパックパックにぽいと放り込む。
「らしいな。騎士連中の背中の刺し合いだから俺らには関係ないが」
ヨカゼの方は次の探索場所を品定めしている。
パージクエスト。
つい昨日、赤毛の情報屋が「そんな程度の情報じゃお金取る気にならないわ」と教えてくれたらしい。
それは刑軍を抱える騎士たちが新人がやってくると毎度仕掛ける謀略だった。
いかにもな献策を行政部に伝えて、その実働を新人に押し付けたり巻き込んだり。とにかく想定外の負担を強いて人員と金を削ぎ落とさせる、碌でもない嫌がらせだ。
強引な手法で、公私問わずあれこれと世話を焼いてくれる私兵が突然没収されるのだ。右も左も分からぬ新参者にとっては故郷からの信頼ある彼等が消えてはたまらない。
丸裸で残された新人騎士は罪人の集まる囚人街で、しかも刑軍をたった一人で制することになる。
後ろに控えた私兵による武威がなければ、舐められて指図が行き渡らず部隊が暴走・崩壊するかもしれない。それに憤りヒステリックに締め付けて刻爪の呪いでも使えばもはや刑軍からの信は得られないだろう。
関係が極度に悪化すれば、どうせ呪い殺されるならと反撃に遭う可能性もゼロではない。
つまりこの特殊な環境で孤立を強制して、見事サバイバルしてみせろという悪質な『しごき』がパージクエストだった。
騎士なら自分の身くらい自分で守れるだろう?やってみせてくれよ。
そう煽られているのだ。
ヨカゼ・トウドウは一つだけ確信していた。
それはアイナ・コーエンが味方と認識している存在の少なさ。大貴族の娘にも関わらず、最初に駆け込んだ場所が囚人の自分だったのだ。彼女は縁のある家や商人、そのここで頼れそうなもろもろの人脈をさっぱり持っていないらしかった。
この都市で一番信用できる人間が懲役金3億ゴールドの罪人というのだから笑えない。
「金・政治・色恋、罠にはめられる理由なんて山ほどある。それこそ一月分の食費にもならない金額で殺人を犯す奴も少なくない。怒るのもいいが自分の周りに気をつけろ、備えを怠るとアンタ消えちまうぞ」
自分に妙な義務感が芽生えていることに呆れながら「……はい」と応えた女騎士の前を行き、ヨカゼはカタナの柄でドアノブを壊し盗賊の館の奥へ進んだ。
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