第19話 注意の差

「あ、起きましたか。今中継地からの増援を待っている所です。私たちはここを引き継いでジェリスヒルへ帰還となります。負傷者ばかりですから……死者も出ましたし」


 目を覚ましたヨカゼ・トウドウに、テーブルで茶を淹れているアイナが声を掛けた。外は明るく、晩を通り越して日も随分高く昇っているようだ。


 地下倉庫のモンスターハウスを一掃してからヨカゼは本陣に戻り「罠チェック」なるものを終えると部屋の隅で人形が倒れるようにして眠っていたのだ。


 他の者はどこかで治療や引継ぎ作業でもしてるのか居らず、本陣は二人きりだった。


「地下倉庫は?」


「無事私の隊の回収物であるという取り決めになりました。あの出口にも板で蓋して予約!って紙貼ってきましたよ予約って。揉めないように正規兵が作業してくれるそうです」


「それはありがたい。さすが騎士殿だな」と上体を起こし、そばに置いている自前のカタナやバックパックの中身を確認する。アイナは半日前ならば金に細かい男めと思ったかも知れないが、いや実際少し思っているが、それ以上にこれは生き残るための確認作業だと理解できた。


 そして男は、最後に例の『テスタメント』である炎の魔剣を手に取り、なんともなく眺める。


「見てみろよ」


「あなたが寝てる間に見ましたよ。なんか怖いんで呪文は試しませんでしたけど」


 人の回収物に勝手に触るなと怒ったら、私は騎士だと言い返してやろうと考えていたが続く言葉は予想と違っていた。


「文字じゃない。剣だ」


「剣……?」


「何の銘もなく質も悪い、錆が無かったとしても碌に切れやしないだろう。こんなもの剣の形をしただけの鉄だ。でもこれで死ぬまで戦ったどこかの剣士は、こいつを魔剣に変えるほど強い意志を持っていた。敵を燃やし尽くそうと凄まじい闘志を持ったまま死んだんだろうな」


「すごい……ですね」


「こいつの持ち主は勇者だった。生きてるうちに会ってみたかったよ」


 この人のことがよくわからない。金のために燃える嵐のように暴れたかと思えば、今は少年のような眼差しで魔剣を眺めている。


 そこで背のフラクが本陣に戻ってきて報告をした。後ろにはビリーも。


「アイナ様、我らコーエン兵は命に別状はありません。勿論小僧はしばらく休み、義手の手配もせねばなりませんが。ですが……先ほどあの刑軍の者が息を引き取りました。腹の傷がどうにもならず……」


 ビリーの弟イライジャが死んだ。地下から脱出した時点で瀕死の状態ではあったが回復することは出来なかったようだ。これでバートと合わせて刑軍を二人死なせた。左手を失った者も二人。他の者もさんざんに戦い大小の負傷がある。成果こそ上げた形になるのだろうが隊としては半壊させてしまった。


「装備の差だな。俺たちは鎧は持ってない」ビリーが嫌味ったらしく愚痴る。


「あのっ……」


「注意の差だ。油断して罠に引っかかった」


 アイナが自分の責任がどうのと言うより早く、ヨカゼが再び寝そべりながら応える。


 わざわざ吹っ掛けることを言う。確かに状況を整理すると、モンスターハウスを起動してしまったのはビリーで、白骨が握っていた紙を拾い上げてしまったことが引き金になっているという結論が出ている。だがもはや状況は終わり、不手際だと裁く気は彼女には毛頭ない。


 どうしようもない悪意の罠ではないか。死者に仕掛け死者を蘇らせる悪趣味の極まる罠だ。


「……ああ、ドジ踏んだのは俺だ」


 だがビリーは睨み合いこそしたものの、またも予想に反し逆上することはなかった。


 それを聞いてアイナは気づいた。


 ヨカゼの言葉は、侮辱や軽蔑ではない。今のは叱責だ。お前が気付いて対処するべきだった、お前ならそれが出来ただろうと。今しがた家族を失った男に鞭打つ言葉ではあるが、彼らの関係はきっと『対等』なのだ。


 少し羨ましいとさえ思った。共に死線を越えたとはいえ、まだこの二人のことはほとんど知らない。でも多分仲がいいわけでも、助け合うつもりでもないが『力』を認め合っている。二人は何度も近くで遠征を繰り返してきたのだろうか。


「だがおかげで俺は釈放だろうさ。お前と違ってな、ストーム・スワロー。太っちょも死んで分け前がごっそり増えたから俺の懲役金はこれで0なるはずだ。……弟と片手を失ってな」


 ビリーは包帯で巻かれた手首をまだ血が止まっていないかのように強く抑えた。それはまた、後悔と共に弟への祈りをささげているようにも。


「そりゃお疲れさんだな。バルバロッサ・ジャッカル」


 もしかしてこの慰めの言えぬヨカゼは、信頼を言葉や態度で示すことが出来ずにいるのではないだろうか。理由は分からないが、世界の誰にも背中を預けることができず仕方なく孤独を選んでいるような。……考えすぎだろうか。


「ヨカゼ・トウドウ」


「へ?」


「名前だ、知ってんだろ。あのおっさんにも言っとけ。ずっとカタナのってのはさすがに格好つかないし、あだ名も好きじゃない。そいつと違ってアンタは俺と長い付き合いになる。何せ3億の懲役金だ」


「……はい、よろしくお願いします。トウドウ殿」


 もしや信頼の第一歩かこれはとアイナはほんの少しだけ悦に入るものの、やはり踏み込んだ世界の荒々しさ対して自分の未熟さがなんと心許ないのかと天を仰いだ。


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