第18話 モンスターハウスー炎の魔剣

「じゃあその剣は……?」


 もはや説得できる気がしなくなったアイナはかといって見捨てることもできず半泣きで問う。こうなったらギリギリまで光で照らしてやらねば生存率が減ってしまう。


「死者の遺言だ。兵舎の脇でサルベージした。見てろ」


 ヨカゼはその剣の腹に刻まれた言葉を詠みあげる。


「魁がけて、またさきがけん死出の山、まよいはせまじ皇の道」


 すると燃料も火種もないのに刀身の根元が発火し切っ先まで炎が走り、轟轟と燃え盛る。男は宙で落書きでもするように無軌道に振り具合を試すが、どれだけ風を切ろうとも炎が消えることはなく赤々と黒紫のアンデッド軍団を威嚇している。炎を宿す魔剣が生まれた。


「炎のテスタメントか!カタナの!」


「テスタメント……遺言の奇跡……!」


 死に際の言葉には大きな魔力がこもる。強い意志をもって死を受け入れた者がすべての魔力と生命力を使い果たして残す道具『テスタメント』。使い慣れた道具に魔力でもって刻まれた最後の言葉は、その者の象徴と言えるような魔法の効果を道具に与える。


 例えば、海に生きたある海賊が最後に囁いた歌は水流を操る槍を残し、人を助けるために生涯を捧げた医者は戦を嘆く言葉を手袋に刻み亡くなり、その手袋は矢傷をたちまち治す魔法の力を得たという。


 その魔道具『テスタメント』を手に入れれば、刻まれている言葉を唱え相応の魔力を消費することでだれでも魔法を使える。


 炎の魔剣を手にした男は、自前のカタナと2刀使いで未だ10体以上残るモンスターハウスの軍団に向かっていった。


「……ほう」


 ヴェルネリは思わず感心する。


 避けるのが上手い。剣で受けずとも足運びや上体の捻りで剣撃をスルリと抜ける。無駄に跳ねず、近づくことも恐れず槍の懐に入り、返しは剣を持ったまま裏拳で顎を打つといった喧嘩のようなこともする。


 槍持ちのオークの懐に入ったヨカゼはそのでっぷりとした腹を炎の魔剣ですかさず切りつける。が、少し焼けて林檎の大きさ分ほどが崩れ落ちただけだった。どうしたことか魔剣だというのにあれでは松明とそう大差はない。


 理由は明確だった。刃が悪いのだ。そこかしこが錆びつき、恐らく本来的にも品質が低い。兵卒用に大量生産された凡庸な剣だったのだろう。


 ヨカゼはオークがぶん回す槍をカタナの切り上げで弾き一旦距離を取った。


「あんな傷んだ剣じゃ切れない!」


「戻れ!欲をかくなカタナの!」


「んだこれ。これじゃあんまり値は付かないな」


 諫めなど意に介さず不敵な笑みを浮かべる。

 そして「仕方ない」とぼやき先ほどの呪文を繰り返した。


 魁がけて、またさきがけん死出の山、まよいはせまじ皇の道。


 魁がけて、またさきがけん死出の山、まよいはせまじ皇の道。


 魁がけて、またさきがけん死出の山、まよいはせまじ皇の道。


「重ね撃ちするやつがあるかあ!枯れて死ぬぞ!」


「ああ、死ぬさ。こいつらがな」


 そこから先は、アイナには人の所業には見えなかった。唱えるごとに炎の勢いを増して刀身の倍ほどにも伸びた火柱。こうなっては炎の魔剣はもう刃を敵に当てる必要さえなかった。空を切るだけで鎌鼬のように火弾が飛び、黒紫のジェリスヒル兵のアンデッドを焼いた。


「いくぞ残骸ども」


 剣術の型をこなす様にその場で素振りをするだけで火弾の雨が放たれる。


ギイイイイイイイ――――!


ギイイイイイイイ――――!


 これまでとは違う奴らの恐れを含んだ叫び。頭に火のついたオークは身もだえ転がり、火弾を尾に引っ掛けた魔狼はあっという間に全身の毛並みに燃え広がり、仲間に助けを求めたのか飛びついた他の魔狼にも燃え移る。


 そして流れるような体捌きでアンデッドたちの間を縫い、舞うように剣を振りみるみると敵の数を減らしていく。


 残ったジェリスヒル兵やオークの亡霊達はそれでもヨカゼに斬りかかってきたが、一振りごとに斧でも鎧でも魔剣の刃に触れるより早く焼き斬られ、数で攻めれば火弾で壁を作られる。最早何人いようと物の数ではなかった。


 そうして罪人であるはずの男が炎を撒き散らし敵の全てを焦がしていく姿は、アイナにはむしろ断罪する執行人のように映った。

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