第16話 モンスターハウスー刺突
仕切りなおしの合戦は自然と三人の護衛とビリーが前に立ち、重傷を負った二人をアイナが守るといった陣形になった。護衛達が持ち前の剣術でジェリスヒル兵やオークのアンデッドの武器を受け止め、ビリーは食事を終えた魔狼の群れを松明を使って器用にけん制する。イライジャも少し距離はあるが松明を振り、火を油断なく動き回らせる。半歩ずつでもいいと全体が固まってじわり前進を試みていた。
しかし、ギイ――!ギイ――!と武器を持つアンデッドたちはぶんぶん得物を振り回し、獣は松明の火を抜けて次なる餌にありつこうとしている。引き下がるつもりは微塵もない。
私だけ役に立っていない。
アイナはこの極限状態でこの上ない罪悪感を感じていた。また中衛に位置して狙われれば剣を防ぎ受けるだけでいる。少しだけ慣れて、幼子のように両手でレイピアを握りしめることはしなくなったが、敵が力押しで戦うオークと突く隙間の少ない重戦士の装備ばかりという相性の悪さも災いしていた。
自分は騎士で一番身分が高く皆を統率すべき立場にあるというのに。ミスリルの軽鎧やレイピアに刻まれている家柄を示す紋章や、騎士のバッジが恥ずかしい。ちゃんと訓練通り動けていれば部下は手を失わずに済んだかもしれないのに。
ちゃんと戦わなきゃ。魔物との乱戦が初めてだからなんて言い訳が通用しないのは十分にわかっている。
「アイナ嬢!手が止まっているぞ!」
ちゃんと戦わなきゃ、今。出来ることを。
やるんだ。
遠方で閑職に拗ねたところで同情など得られない。
力の無い者が親の首を刎ねてやりたいと憎んだところで誰が賛同してくれるものか。
「アイナ様!私の後ろに!」
恐怖と焦りが汗となって額を伝う。
「亡霊があああ!」
唸りながらディンゴが剣を振り切ったところを狙い、横のもう一体のオークが槍を突き刺さんと迫った。反応できていない。視野には入っているものの黒紫の豚面を睨み殺すことは出来ず、全力の一振りのあとの瞬きの硬直が彼を危機に陥らせた。
「ヴェルネリさん!」
「わかっとるわフラク!手一杯やっておる!ぬああああ!躱せディンゴおおおお!」
「っ……!」
ディンゴはようやく身を翻し剣で受けようと振りなおすが、到底間に合うものではないのは明らかだった。
これじゃまた一人……。
眼前のオークは槍を捨ててはくれない。
部下の血は勝手に止まりなどしない。
自分でやるんだ。
今やるんだ。
死にたいのか馬鹿女!
「私は、私はコーエン家の、アイナ・コーエンだ!……うわあああああ!」
彼女は一心不乱に叫び、限界まで身を低くしてディンゴを狙っていたオークの胸元に飛び込み、真下から顎を突き刺した。
「道を……開けろ……!」
顎からの刺突が脳の位置まで貫き、オークは倒れた。「お見事!」とフラクが叫ぶ。生まれて初めて敵を倒したことで、彼女は誰もが通る戦いの恐怖を越えた。
**
殺した。亡霊とはいえ筋骨隆々のオークを一体。
豚面の顎を踏み支点にして剣を引き抜き、また構える。
なるほど殻を破るというのはこういうことか。アイナは途端に実感していた。
ゼイゼイと呼吸は荒れているものの、一転して先ほどとは視界が変わったのだ。
次の敵の動きをしっかり追い、軌道を読み少ない力で敵の武器を叩きいなしていく。恐怖があるのはそのままだが、一体倒したことで対等に戦えると自分になんとか信じ込ませることが出来た。
「このガキより先に童貞卒業だなお嬢ちゃん」とイライジャに小悪党なりの賛辞を送られたアイナだったが、後ろから動く気配を感じた。「俺はさっき一匹倒したぞ」と壁際に隠すように配置していたエリオが残った右手で剣を持ち、歩みだしたのだ。
「後ろに居なさい!」
勿論大切な部下を守るための言葉だったが、エリオには火をつける結果になった。仕えている主が、女だてらに恐怖とも戦いながらオークの顎を貫き、今はジェリスヒル兵のアンデッドの剣を躱している。重傷だろうと血気盛んな彼が黙っていられるはずがなかったのだ、20歳にも満たない若者は地面を蹴り敵前に躍り出る。
「膿だ。……お前らなんか、戦場の膿だ!とっくに終わった場所で!細菌があ!」
しかし、彼はまだ片手で自在に長剣を振るう技量も腕力も無く、黒紫の兵士に簡単に弾かれる。自分の一振り一振りの勢いにも大きく体を流され狙ってくださいと言わんばかりの呼吸の隙間を見せてしまっている。
「くっそ、くそおおおおお!うりゃあああ!」
「いかん、あれはもたんぞ!一体ストーム・スワローとは何だ斧の!魔法の心得でもあるのか!」
だがその時ひゅんと矢が飛び、エリオを仕留めようとしていた兵士の喉に刺さった。兵士は一度は首を上げ出口の方を向いたもののすぐに微動だにしなくなり、じき倒れた。
「……あれの事だおっさん」
地下倉庫の出口の階段。その上段にカタナの男、懲役3億ゴールドの男が弓を構えて立っていた。彼の矢がエリオを救ったらしい。腰にはカタナを差し、担いでいるバックパックの側部には錆び付いた剣、逆側には光り輝くランプのようなものを吊るしている。
**
「見張りにしては異変に気付くのが遅いのではないか!?カタナのお!」
「上にも出たんだ!一人でオーク4体だぞ!」矢をつがえ放ちながら反論する。確かに男の髪は振り乱れ服は裂け、頬の切り傷からはタラリと血が見える。
「それが本当ならここも打開して見せろ!」フラクが叫ぶ。単騎で豚面巨漢のオーク4体を倒す男の増援であればこんなに有難いことはないし、今は言い訳だなどと疑っているゆとりなど誰にもなかった。
「そのつもりだ。探し物もしてたがな」階段を上ってきたジェリスヒル兵の亡霊を蹴飛ばして転げ落とし、連中に距離を詰められた男は弓を捨ててカタナを抜いた。
「こんな時にサルベージしてたんですか!?」
「ああ。厨房でとっておきを見つけた」
そして男は階段をゆっくり降りるが、アイナは自分の目を疑った。
ヨカゼ・トウドウの歩みに合わせてモンスターハウスの亡霊たちが後ずさりをしているのだ。豚面はどすんどすんと狼狽えながら、人間の兵士達は剣で防御の構えを取りながらそれぞれで死角を防ぎ合うように退いた。
「なんだ!?」一同が怯んだ敵を見て当惑する。
ヨカゼは半身の態勢でカタナを構えているが、それだけで我々とは違う脅威を感じさせるようには見えない。
クケケケ。
なのにただ戦うことしか考えていなかったような奴らが何故か後退をしている。
何かの魔法?
クケケケ。クケケケ。
クケケケ。クケケケ。
いや違う!奴らとは違う鳴き声が聞こえる。その出どころは……彼はバックパックを背負ったままで、その脇には……。
「ランプ……?」
あれは彼特有のカタナの構えではなく、半身になってバックパックの側部にあるランプを晒し、前を照らしている?
黒い数本の柱でできた外枠、そこに半透明の紙を張り付けたような円柱型のランプ。戦いながらで耳が誤解をしているのでなければ、そんな照明器具が鳴いている。しかもフルフルと動いているようにも見える。奴らはあれの光を恐れているのか?
「ありゃあ生きてるプラプラだ。バックパックの加工前、生前の姿。小さい子どもだがな」イライジャが真っ赤な腹部を抑えながらにへらと笑った。
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