第15話 モンスターハウス-喪失

 小太りの槍バートは死んだ――。腕も足もすでに分離して魔狼達に喰われている。


「そんな……だってこんなに多いんじゃ……」


 アイナはヴェルネリとフラクの少し後ろで、黒紫の兵士の剣撃を必死に躱していた。バートの劣勢は見えていたが助けに行く余裕など全くない。ミスリルの軽鎧に刃がかする。上質で強靭な鎧でなければとっくに血を流していただろう。


「レイピアを両手で振り回してどうする!そんなことは教えていないぞ!」ヴェルネリが戦いながら叱り飛ばしてくる。


 だって攻撃が重い……。片手で水平に持って、切っ先は敵の喉に向けて。躱して突く。何千何万と繰り返したはずだが、このジェリスヒル兵のアンデッドはそれを実践させてくれない。息を切らす様子もなく、気押されているアイナに大振りを繰り返してくる。弾いて剣の軌道をずらすにしてもこの重さは片手で受けきれない。


 出口へ向かい前進するはずがアイナは一歩、また一歩と後退させられる。ヴェルネリとも距離が空き生還が遠くなるのを肌で感じ、目には涙が滲んできた。宝を引くか死を引くかわからないサルベージ遠征軍。死の外れくじを初手で引いてしまったのかと自問する。


 決意に対して、戦う力がこんなにも不足しているなんて。


「あ……」


 そしてついには敵の下段からの切り上げで大きく両腕をはじかれてしまう。一撃を叩き込むに十分な隙を許してしまった。


ギイ――――! 黒紫の兵士は振りかぶる。


「アイナ様あああああ!」


 間一髪、救いの刃が届いたのはエリオだった。主を袈裟に斬ろうとしている黒紫の兵士の脇腹に剣を深く突き刺し、突進した勢いのまま転がる。黒紫は強振しようと構えた格好でそのまま倒れ、動かなくなった。


 だが剣が手から離れたエリオも起き上がる隙を狙われた。斧を持ったオークが立ちはだかり、牧割りをするかの如く振り下ろす。


「危ないっ!」たった今救われたアイナが叫ぶ。


 仰向けだったエリオはすぐさま横に反転して胴体の両断を避け、その勢いのまま立ち上がろうとしたが何故か腕が空ぶり、前のめってまた転んだ。


 地面を押しているはずの左手がない。


 左の手首から先は、オークの斧の傍に落ちていた。


「うわあああああ!」


**


 護衛の三人が退がり、エリオとアイナを守る。アイナは彼の手首を縛り血を止めるが、もはや戦況は敗色濃厚だった。


「童貞剣士が!片手が無えぐらいなんだおらあ!」


 斧の兄弟も再びアイナ達に寄り、兄は喝を入れる。二人とも手斧と松明を両手で構えている。


「蛇は全部やったぞ。刃は通らねえが口元を抑えて炎で脳天どつけば一発だった。弟はいいの腹に貰っちまったがな。不細工なくせに肉は旨いらしい」


「アイツらはまずかった。死ぬとべちょべちょでよ。最初のスライムに戻っちまうみたいだ」


 斧の弟イライジャは腹から血を流し、一旦膝を付きながらも意気揚々だ。服の染み方からするとかなりの血の量だが。


「雑食だな盗賊は」エリオが呻きながらも言い返す。


「お前も食ってみるか?手が生えるかも」とフラク、「なら右から二番目のオークにしとけ。奴の手が一番でかい」とディンゴが乗っかる。皆、戦意をつなぐためにそれぞれの言葉で互いを奮い立たせようとしていた。


 だがこの地下倉庫での10分ほどの戦闘で結局出口への距離は縮まっていない。アイナ達とモンスターハウスのアンデッド軍団、互いに数は減らしたが戦力差は広がっている。敵の中核たるオークと人間の兵士がさして減っていないからだ。


「で、誰か案はあるか?狼もそろそろ食事が一服するぞ」と年長の護衛は上段に構えた。


「当てはあるがどれくらいかかるかだな。うちの弟とお宅の若いのは戦力外通告。一〇歩ばかしの距離だが俺らだけじゃ抜けねえよ」ビリーは出口の方に松明を向け、恨めしそうに睨む。


「当てとはなんだ。ピンチにもったいぶられるのは好きじゃない」とディンゴも盾を持ち直す。


「……ストーム・スワロー」


 そうビリーが小さくこぼしたところで、囲いをじりじりと狭めていた黒紫のアンデッド軍団は再び襲い掛かってきた。

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