第14話 モンスターハウス-開戦

 状況としては最早合戦だ。急ごしらえされた敵は魔族と人間の混成軍。こちらはアイナを将とした人間の軍。年長の護衛の指示で八人が地下倉庫で背を預け合い武器を構えている。騎士とその護衛4人、槍、二人の斧。武器こそ周りにあふれてはいるが手が足りない。


 ギギイ――!ギギイ――!。奴らは進化が完了して視覚が安定してきたのかアイナ達を見定めそれぞれが襲撃の姿勢を取り始めている。


「オーク、魔狼に大蛇。それにあれはジェリスヒルの武装……」アイナの声が震えている。レイピアを抜き切っ先を目前の黒紫色をしたオークに向けてはいるが、持ち方が普段とは違っていた。


 本来彼女の構えは片手で握り、剣を水平にして相手の喉へ狙いをつける構えだ。だが今は細身のレイピアを両手で思い切り握りしめて敵に漠然と構えているだけだった。


「全員パックパックを下ろすんだ。もう邪魔なだけだ」とフラク。皆が隙を見せぬようにカバーし合いながら荷をその場に捨てる。バートだけは背中の荷物が惜しかったようだが。


「おい盗賊!『モンスターハウス』ってなんだよ!」エリオが唸る。息は荒く今にも単独で敵に飛び掛かってしまいそうな気勢でいる。


「反魂の術を利用したトラップだ。辺りで死んだ兵士や魔物の魂を何かに憑依させて一時的に蘇らせる。かかった奴はひり出てきたアンデッド軍団に皆殺しにされちまう。ここのお宝を取りに来た連中を仕留めようって腹だったんだろ」


 つまり、奴らは一年前のオギカワ砦での戦争で死んだ者たち。恐らくはジェリスヒルの正規軍兵と、彼らと激戦を繰り広げた魔軍。そして魔軍はやむなく撤退する際に死者を利用したブービートラップを悔し紛れに仕掛けていった。この地下倉庫の大量の軍用品を餌にして。


 一斉に不安が襲い掛かる。戦っても、これは負けると。


「俺達も殺されるってのか」


「数はかなり負けてる」


「全て倒す必要はない。出口へ向かって突破し、全員脱出したら何かで蓋をする。このような魔法が長続きするはずがない。今をしのげば勝ちだろう」


 年長の護衛がシンプルで生還への最短と思える案を出し、全員の目的を一致させた。罠の解法が判明しているわけでもないが歴戦の経験が現状で生き残るための方針を考えさせるようだ。


「カタナの!カタナのお!聞こえんかあ!!」ヴェルネリは上階の見張り担当へ叫ぶが返事はない。


「やめとけ。野郎が気付かないなんて事は有り得ねえ。来ないってことは上にも出たんだろうさ」ビリーは首をコキコキと鳴らすと腰を低く構え、腕は手斧を持ちながら後ろに引きいつでも振るえる構え。


 一行はいったん集結して謎の罠に備えたため、地下倉庫の中央辺りに位置していた。出口までは十五メートルほどあるだろうか。数分前までは十歩とかからず進めた距離が、果てしなく遠い。


「お前たち、前への道を作る!刑軍は後ろを守れ!アイナ嬢は私の背後で前進を!一歩ずつでいい!出口へ進め!」


 そして戦いは始まった。


「ルアアアアア!」


 長い髪がかき乱れながらディンゴが打ち合いをしている。黒紫の人間の兵士、それも複数が相手だ。倉庫内で拾い上げた小盾で振り下ろしを弾き飛ばし、別の敵の首筋を狙い鋭く剣で突くがそれもまた敵にいなされる。


 表情も見えぬワンパターンの色をした敵、黒いスライムだったはずの敵。形状を変化させただけなのだから武具となった部分も肉体の一部なはずだが、噛み合った剣の感触と耳に突き刺さる高音はまさに鉄。


 だが何合か黒紫の兵士達の斬撃を捌いた後、剣が土壁をこすり砂塵を上げながらも振り抜くとディンゴは1体の敵兵士の右腕を切り落とした。


ギギギギイ――!。腕を失った黒紫の兵士の唸り声が地下に響く。


 落ちた腕は本体に飛びついて再生したりはしなかった。本体から新しい腕が生えてくることもなかった。切って落とした部分はどうやら死ぬ。せめてもの朗報だ。


「再生はしない。倒せるぞ!」


 ヴェルネリは片手に剣、片手に松明を持ちオークの群れをけん制していた。


 オークの一匹が前に出て槍で突いたが剣でずらし受け流す。だがオークは退くことせずにそのまま体当たりしようかという勢いで前に出た。「戦い方も本物の豚面のままか」と思わず片手の松明でオークを殴りつけると、打撃と炎を食らった肩の一部がボロリ崩れ落ちた。まるで砂の城を殴ったかのように。


「火が効くぞ!」


 そこかしこから気合の声が上がる。護衛たちは勿論刑軍も戦いは素人ではない。倒れる敵ということが明らかになり闘志が加速していく。片手を空けられる者は土壁の各所に掛った松明を掴む。


 だが多勢に無勢であることに変わりはない。バートは、荷物を担いだままでいたことが裏目に出た。魔狼の一匹がパックパックに噛みつき動きを止められてしまう。


「離れろっくそっ。薄墨で書かれた駄作のような奴らがっ……」


 的が低く速い。槍の先を潜り抜けられ、背で暴れている魔狼のせいで横に払うこともできなかった。狼の群れでの狩りそのままに現れた4匹全てにまともに喰いつかれてしまう。


ギイ――!ギイ――!ギイ――!ギイ――!。


「くうっ。ああああああああ!」


 何度も何度も噛まれ、肉が千切れ、狼の咀嚼の音も聞こえてくる。抗う意思も噛み潰されていくようにうめき声も小さくなる。林檎の詐欺で捕まった男、囚人街から出た後のことを夢想し裏での小遣い稼ぎを試みたであろう男はもはや第一の餌となったことは明白だった。

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