第13話 モンスターハウスー形成

「ん?おい騎士の坊主、あそこ見ろよ」


「俺は騎士の身分じゃない。何だ」


「ほら見てみろ。兵士の仏だ」


 もう物資の概算も終わろうとしていた地下倉庫の一番奥、兜が並んでいる棚の陰にそれはあった。ジェリスヒル軍の重鎧を着た白骨。避難民を守りここで戦ったのか、臆してここに隠れたのを見つかって殺されたか。


「……明日、遺体を外に出して埋葬する。見つけた分だけでも」


「じゃあ俺は鎧をいただこう。ジェリスヒルの鎧は質がいい。取り分は一緒でも自分でブツを手にするってのはいいもんだ。案外律儀だな坊主」


「いつかこうなるかもしれない。その時に雑に扱われたくないからな」若い護衛はしゃがみ込み白骨と目線を合わせる。


「俺がお前くらいの時には金に女に殺し合い。3つに夢中だった。死んだ後の肉なんて興味持ったことねえな」


「俺だってたまにアンタみたいなこと考えるさ。だけど、深くはないけど浅く……あさーくだけどその三つはもう叶ってる。多分」


「浅く?」


「浅く。名家に雇われ給金を貰い、戦士となり、仕えている。三つだ」


 そう浅くでいい。故郷の領主の娘、幼いころからぼんやりと憧れていたがそれだけでいい。いつかもの足りないと感じる時が来るのかもしれないが、その時は給金で買い物をして戦に行って大暴れして、それぞれ均衡をもって楽しみたい。エリオは今はそう考えていた。


「そら災難だ、身分違いに惚れるとは。……なあ、女の騎士ってのは自分の体に呪いをかけるって話があるが、本当か?」


「呪い?んだよそれ」


「もし戦いで敗れたら女は十中八九が慰み者だ。そうならないように女の騎士はぶち込まれそうになった時に相手を焼き尽くしちまう炎の呪いを体に刻む。男の股間は反撃で黒焦げになる」


「そんなの聞いたことない」


「試したこともない。だろ?せいぜい気を付けるこった童貞剣士」


「余計なお世話だ。捕まった盗賊」


「捕まってからも盗賊気分だがな。ん?この骨、手になんか握ってるぞ」


 ジェリスヒル兵の白骨は確かに何か握っていた。二つ折りにされた紙だ。


「……本当だ。手紙か?」


「なんかの情報かもしれねえ。覚えとけ、情報は意外と高く売れる」


「おいこっちに触るのは明日だ。そうアイナ様が命令された」


「紙切れ一枚に何言ってやがる。砦について書いてありゃサルベージの役に立つかもしれねえだろ」


 エリオの制止を気にもせずビリーは白骨の手から紙を取り上げる。


 だがそれがトラップだった。誰もが手を取りたくなるような形で残された戦場の罠。


「おーん?読めるかこれ」


「知らない文字だ」


 白骨の持っていた二つ折りの紙は何やら児戯の落書きのような、どこかの古言葉のような何段にも引かれた曲線の集まりが書かれていた。


 だが、ビリーが手に取りそれを開いた数秒後、突然紙は真っ黒に染まった。


「な、なんだこりゃっ」


「うわっ」


 ビリーは危険を感じすぐさま黒く染まった紙を手放す。だがそれは事態を回避するには遅すぎた。地面に落ちると黒い手紙はそのまま溶けるように消えた。



 そして次にやってきたのは音だ。


 ぼとん


 エリオは幼いころに餅を投げて母に叱られた時のことを思い出した。だがその思い出に対してこれはかなり大きな重量を感じる低い強い音だ。


 ぼとん


 ぼとん


 ぼとん 


 振り返り地下倉庫を見渡すと天井からゲル状の黒い塊がいくつも落ちてくる。大きい。自分の腰ほどまで高さのある塊ではないか。しかもぶよぶよと蠢いている。天井だって見渡したような気がしたが、こんなものがこびり付いていただろうか。すぐに全員が異変に気付き、喫驚を飛ばす。


「きゃあ!な、なんですかこれは!?スライム!?」


「こんなにでかくて黒いのは見たことがない!全員固まれっ。そこの松明を!盾もとるんだ!見ろ!形を変えるぞ、迂闊に触るなよ!」


「アイナ様、我々の後ろに」


「なんだこれ。兄貴どこだあ?」


「多い……20、いやもっとか」


「ちょっと!高値の物は壊さないでよっ」


「出口に多いぞ!」


 黒いスライム達はずるずると摺り回るだけでは足りず、それぞれぐちゅぐちゅと気味の悪い音を立てながら次第に形状を変化させていった。


 みるみるうちに筋肉質な腕や足、毛並みが流れる体表が出来上がる個体、金属質のようなガチャガチャとした音も聞こえ、鎧と剣が形成されていく個体も多い。ぼとんと落下する音がしなくなる頃には最早この場は邪神のもたらした進化の儀式のような様相を呈す。


 到着してから平穏が続いていた一向に訪れた怪異、やかましく口々に喋るもこのスライムたちは敵愾心があるのだろうこと以外はわからず、熟議する間があるはずもなかった。


 だが、拾った紙を手放してからその光景を呆けて見ていたビリーだけがようやく確信を得てつぶやいた。目はどこを見るでもなく、状況に集中できておらず諦観したような表情だったが、斧だけは強く握りしめながら。


「『モンスターハウス』……」


 スライムたちが変質した結果、もとの黒さに瘴気が表面化したような紫色が加わり、誰もが戦場や絵物語で見知った姿形となった。豚面をしたオークが8、人を喰う魔狼は4、刃を通さない鉄大蛇も4、そして人間の兵士が10。


 ギギイ――!ギギイ――!


 どこから発声しているのかわからないが、違う種族の形に変貌しても共通の鳴き声を上げている。


 そして悪いことに出口の方にオークや兵士が集中していた。

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