第12話 刑期が減るだけ

「言ったとおりでしょ」


「これは御馳走だ」


 確かに宝の山だ。ずらり立てかけられた槍斧、投げ売りされているかのように樽に乱雑に差されている剣の束。箱一杯の矢や小型の破城槌まである。我々が1日で運び出すのは到底できない量だ。明かな武具の保管庫……だけではない、恐らく。


 土壁に配置されていた松明を点火して回り、ゆらゆらと火が地下の部屋を囲い全体像が晒しだされると広いのだ。上の食堂よりも遥かに広い。それこそ100人や200人で入れる広さだ。


「食堂の地下、本来は食糧庫……には大きすぎますな。恐らく戦えない者の避難場所としてつくられたのでしょう」


「もともと自然な洞窟でもあったような広さですね。さすがに松明があってもこれでは薄暗い。まだ目が慣れません。今回はこの地下の物資量の確認と、出入り口付近の回収だけにしましょう」


 号令をかけると男たちはぞろぞろと動き出す。台車でも探してきたいくらいだが、とりあえず階段の上までは手で運ばなければどうにもならない。手分けして近場の槍をまとめ、矢箱を肩に担ぎ上に運んでいく。


 じゃあ私はこの剣の詰まった樽を片付けようか、と樽のふちに手をかけた時だ。きょろきょろ視線を配る癖が見つけてしまった。彼が抱えた矢箱に引っ掛けコートが捲れ、その奥が見えてしまったのだ。


「待って」


「ん?私ですかな?」


 小太りの槍バートを呼び止めた。


「あなた、そのポケットからはみ出ている光物は何ですか?」


「……私のバックパックには別に何も」


「そっちではありません。あなたのボトムスのポケットです」


 バートはそこでコートが捲れていることに気づきアイナの意図を察したはずだが、それでもにやけた表情は崩さず観念した様子もなく、矢箱を地面に置きボトムスから取り出したものを堂々とアイナに見せた。


「装飾品、女性物のネックレスですね。高級そう」


「向こうの旅籠の棚にありましたよ」


「こちらに渡してください」


「……どうして?」


「回収物はバックパックに、他は手で持つことが許されるのみです。ポケットの中にしまうのは刑軍の掟に反しているはず」悪いが私は規則を読み込む真面目女だ。


「囚人の取り分には手を出さない。それもどの騎士も守る掟ですよ」


「隠そうとした時点であなたの回収物ではなくなりました。こちらに。私は名宰相なのでしょう?」


 バートはしばらく動かなかったが、アイナの右手がレイピアを握ろうと動き、ヴェルネリとディンゴがアイナの前を固めたときに諦め「残酷なお嬢さんだ」と苦笑いでこぼしネックレスを渡した。


 別に剣を抜いて荒事をしようとしたわけではない。


 わかりやすくこれは交渉ではないということと、此処でルールを運用するのは誰かということを視覚的に伝えた。バートは駆け引き飛び交わせる元詐欺師、私は『そういうタイプの上官』だとそれで彼女は伝わると思ったのだ。囚人とそれを監督する騎士、そんな関係性を突き付けた初めての瞬間だった。


「ではこれまでに。作業を再開しましょう。槍の、お前も伊達に刑軍にまで流れてきた悪党じゃないだろう。金目と、信用と、自分の命、均衡のとれた振る舞いをしろ


 ヴェルネリは壊れた雰囲気をまとめなおし規律をもたらしてくれる。


**


「馬鹿だな、あの太っちょは」


「意外だな。囚人同士で肩を持たないのか」


 エリオと斧の兄ビリーは、明日からのサルベージや馬車の積載重量を考慮した計画を立てるために二人で地下の物資量を概算していた。刑軍と騎士側の関係構築も兼ねたアイナの命令だった。


「まさか。あれ庇ってたら命がいくつあっても足りないね。多分な、あいつはここに稼ぎに来てる」


「稼ぎに来てるのは刑軍なら皆同じだろう」


「いや違う。俺たちは『懲役金を減らすため』にこの仕事をやってる。懲役金ってのは空虚な借金だ。山ほどサルベージしたって実際に俺の財布に金が入るわけじゃない。稼いでも『刑期が減るだけ』なんだ。金貨や銀貨なんてもう随分手に取ったことねえよ」


「あいつは違うのか?」


「多分な。奴は確か100万そこらの懲役金だ。2、3回まともに遠征すりゃ十分に届く額なのに1年以上も囚人街に居やがる。どっかでお宝くすねてジェリスヒル以外と取引してるんだろうさ。売却ルートがあって自衛ができりゃ年中お宝旅行だからな。」


「は?そんなことしたら」


「刻爪に心臓を引き裂かれる。奴は今の時点で優しいお嬢様にバレて命拾いしたな。都市に戻ってから役人の面前でなら死んでたさ」


 『刻爪の呪い』。刑軍のみならず囚人街に運ばれた罪人すべてに掛けられた呪い。


 ジェリスヒルの領主に代々伝えられてきた魔法で、罪人の心臓の位置に獣に引き裂かれたような痣を残す。一度その痣を刻まれてしまえば領主や騎士の命令と、課された懲役金に縛られる。それに背けば痣が暴れだし心臓を引き裂く。


 呪いを発動されてはたとえ逃げ出しても関係ない。その者の名前と呪文を唱えればどこに居ようと痣は罪人を抉る。


 回避しようのない死の呪いは、故にジェリスヒルの囚人街を運営するうえで前提となる。手錠や鎖の代わりとなり、監督する騎士や雇い主に対して逆らわず働くようになるからだ。この呪いがなければこんなに連中を自由に動かし武器を持たせることなどできはしない。


 刑軍の指揮官となる騎士は、傘下にした囚人の名前と、呪いを発動するため一人ずつ個別に定められた言葉鍵を教えられている。名前と言葉鍵を唱えれば『刻爪』が発動するのだ。


 騎士は刑軍の生殺与奪を常に握っている。


 エリオはその話と初日に呪いで処刑された裸の男を思い出し身震いした。そして斧の兄弟にも、小太りの槍にも、あの3億のカタナの男にもその痣がある。

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