第11話 いくら返した
囚人だからというのは侮辱し過ぎか。命じた時間内に全員が帰還したことはやはり意外だった。刻爪の呪いの背景はあれ、指示に対しては案外忠実という事なのだろうか。
日の落ちる2時間前よりも少し早く拠点とした商店小屋に全員が揃った。
「だから大量の物資が地下に眠ってたのさ!私たちであそこは頂かないと大損だよ!」
「だが本当だろうなてめえ。何もなかったらただじゃおかねえぞ太っちょ。なあ兄貴」
「ま、嘘だったらな」
「嘘ついてどうするんよ。行けばすぐに私に感謝するよ」
特に、小太りの槍バートは大規模な『地下倉庫』とそれに伴い一人では運びきれない大量の物資を見つけたとかなり早い時間に報告に戻ってきて、この調子で喚きっぱなしだった。
だが、アイナはすぐに総出で回収へ向かう判断はせず、まずバートを連れて護衛の一人ディンゴに情報の確認に行かせ情報が事実と確定させた。そして残った刑軍の帰還を本陣(の中心)とした此処で一旦待ち、ここに荷を降ろし十分なバックパックの容量を確保した上で全員で作業することにしたのだ。
件の地下倉庫へ向かう準備で回収物を各々が広げると、この建物では少々手狭と感じるくらいの物品が集まった。半日ほどの作業でこれほどの成果があるとは。
「なんとまあ」
「すごいですね。部屋がパンパンですよ」
アイナとヴェルネリは感心しきりだった。
刑軍はさるもの、のんびり近場を歩いた我々とは比べるべくもない。4人とも武器・防具・医療用品、物見の望遠鏡、厚手のブーツなど様々な品を回収し特にけがをしたという様子もなかった。それどころか追加の稼ぎがあると騎士の号令をワクワクと待っている風だ。
「えー、皆さん、ひとまずお疲れさまでした。ですが今日はもう一仕事」
「地下倉庫でお宝三昧」と斧兄弟が応じる。
「ええ、ですが前もって決めごとを。今から向かう場所には相当量の軍用品があるとの報告です。全員で向かうわけなので、そこでの回収物は刑軍の4人が等しい金額ずつで分け合うものとします」
「よっ名宰相!」
小太りの槍が合いの手を入れてくる。見つけた本人は皆に貸し一つ、とでも言いたげな上機嫌で薄ら笑いを浮かべている。
「バックパックは各自空けたようですし、今から行きましょう。今日はとりあえず一往復できれば良いです。それで片付かぬようならまた明日全員で」
「一応確認しておくが、騎士殿はここで待機のはずでは?」3億の男ヨカゼが突っ込む。
「肝心な時以外は」さも当然のように答えた。
「……承知しました。では皆、アイナ嬢を中心に警戒して動け。槍の、先導してくれ」
「ほいほい、10分くらいよ。あそこの三叉路を右、突き当たって左にある食堂の地下ですよ」
砦の内部を進む道中は、ここに過去配備されていたジェリスヒル軍の精強さとそれに見合う剛勇を備えた敵軍であったことが見て取れた。即興で組まれたのであろう机や壁盾の防御は戦略的に配置されており、きつく敷き詰め進めない通りもあれば広い空間をあえて作り敵が其処に溜まってしまうであろう「狩場」も用意されていた。
その防陣を突破した敵軍の形跡。壁盾はもぎられたように折れ、何かが噛みついたような牙の跡も見える。鉄槌で破壊したのか防陣を無視して建物の壁を抜き進んだ穴は、攻め手は常識外の怪力を持つ魔物を組み入れた軍だったのだろうと推測させた。
そうこう歩いて小太りの槍の連れてきた食堂。外からは二階建ての建物で1階の入り口は大きく開いている。部屋の広さやテーブルの数なんかを見るところ4、50人は座れる建物。
「ここに入って右奥、下に降りる階段がある。そこだよ」
地下への階段に皆が向かおうとしたが「おい」とそこでヨカゼがヴェルネリに声をかけた。
「何だ?カタナの」
「全員で地下に入るのはよくない。俺はここで見張りを」カタナの男が提案する。
「なんだあ?お宝を拝見したくねえのかお前」
「鎧の連中が何人もいるだろそんなもん。疲れてサボりてえのか?」
「見ろ。遮蔽だらけで視野の利かない狭い路地だ。今日初めてサルベージに来た奴らに見張りは任せられない。それにどの役割をしても同じ額の分け前だ。だろ?女騎士殿」
「勿論です。安全の確保は必要ですし……ではお願いします」
反論の必要もない。確かに入り組んでいて見張りをするには場数が必要な場所だ。それになぜだか「懲役金3億」という常軌を逸した男の負債が妙に言葉に説得力を与えていた。巨悪の過去もまた相応の能力を持つ故だろう、と。
アイナ達はそう判断して見張りを任せ地下へ向かったが、ヴェルネリはしばらくヨカゼを見据え、今度は護衛の方から声をかけた。
「背中の剣。回収物だろうが、わかってるのか?」
皆が荷を整理したはずだが、カタナの男は回収した1本の剣をパックパックに差したままだったのだ。刀身の腹には何やら文字が刻まれている。
「ああ」
「色んな眼が利くようだな。3億のうち今いくら返した」
「1200万」
「……先は長いな」
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