第10話 サルベージ

 日が一番高くに上るころ、アイナ達は屁理屈で確保された南側城壁上にいた。最初のサルベージ・物資の回収作業は索敵を兼ねて高いところにまず行きたかったのだ。砦の全体像を把握したかった。


 下り階段には獣の骨らしき白い骨、時間をかけて崩れたのか死んだときに大きな衝撃を受けた結果か扇の形のように散っていた。長い顔で牙を持った頭蓋だけが生前を想像させる痕跡。


 あの欠けた壁に引っかかっているのはこの砦の軍旗だろう。布地は泥で汚れてしまって赤色を基調にしていることだけ把握できた。そこかしこに落ちている錆びきった剣や槍は少なくとも鉄として溶かして再利用できるだろう。敵に当たることなく地面に刺さった矢は拾えばそのまま矢筒に入れられる。


 遠くの壁下に見えた金属輪に棘が生えているのは軍用のトラバサミ、あの手の罠は多少傷んでも使えるのではないか。


 全部回収することは不毛だし、用途が想像できるものに限らねば。こんなことなら工芸品や軍用品にする書を用意しておけばよかった。


 兵舎や弓の訓練場、あそこは大きな煙突が見えるから鍛冶場だろうかと城壁を歩きながら見やる。騎士としては興味津々の光景だが砦は煙も音もなく、ただ時間が止まったようにそこにあるだけ。ふわりとそよ風が吹き付近の林が騒めく。


 もの悲しい陥落した砦はやはり胸を締め付けてくるものがあった。


 だが見れば見るほど充実した防衛拠点。現在の戦局が遠く離れた地になったからといってここを利用しないのは本当にもったいない。むしろこのままでさえ正規兵の演習にはもってこいではないか。


「見ろ、この短剣は少し磨けば十分に使える。他にも盾や連弩なんかもあった。兵士二人分くらいの装備を回収したぞ。あと野ウサギ捕まえた。夕食に」ディンゴが兎の長い耳を自慢気に持ち上げる。


「おお。順調な滑り出しですね!」


「俺の一番の収穫はこの長槍。少し錆びてますがいい鋼じゃないですか?これって貰っちゃっていいんでしたっけ?」


 もしかして着いた当初に血の臭いと感じたのは、あのように残された武具の鉄錆が正体だったか。


 エリオは随分と機嫌を直したようだ。壁上には守兵の装備がいくらか残されていたようで、背丈に合わぬと今までは避けていた長槍をぶんぶんと振り回している。アイナもまたそれを見て多少持ち直し笑顔をこぼした。


「鑑定を通す必要がありますが、軍用品であれば余程の物じゃなければ文句は言われないはずです。元々軍が再利用するための回収任務ですから、私達がそのまま用いることも問題ない規定です。ただ」


「刑軍の取り分を奪うことはしないこと」


「ええ」


「お前らすっかり楽しんどるな」


「今のところ平和ですし、宝探しって思うと正直わくわくしますよね。刑軍の内誰か一人は残さないと細かな手順がわからないのではと思ったんですが、それもなかったですし」


「なに、使えるものを拾うだけです。サルベージなどと大仰に名前を付けずとも戦や冒険に出れば誰もが多少はやることですから。年齢や戦歴を考えれば刑軍の連中よりも私の方が年季が長いくらいですよ」


 白髪の混じるヴェルネリは少し懐かしむように目を細め話し、城壁に刺さった矢を1本抜き取る。


「ついさっき年寄りでは要領がつかめぬと言ってたじゃないですか」


「ぬはは!体が覚えていたというやつですな!」


「全く!子ども扱いはしなくていいですから!」


 それぞれが拾い物をバックパックに詰め荷が増えていくが歩みが鈍るようなことは全くなかった。重さを受け止める不思議な鞄はその機能をいかんなく発揮している。ジェリスヒル軍といえば電撃的な突破戦術で名を馳せているが、こんなものを使っていては行軍が早い訳だ。


「おいアニキ、包帯と瓶が見える。ここは医療兵の詰め所だったみたいだぜ」


「それなりに良いもんありそうだな」


 元傭兵団で今は盗賊の兄弟ビリーとイライジャ。やはり鼻が利くらしい。上り階段の脇でがれきに埋もれた扉を壊れた個所から覗き込んでいた。兄のビリーが瓦礫をどかし弟のイライジャは手斧でガンガン扉を叩き割り始めた。


「ふんふんふん♪」


 詐欺師のバートはどこから拾ったのか土まみれの兜を丁寧にふき取りじろりと凝視していた。あれは恐らく兜に刻まれた紋章を品定めしているのだろう。名家の紋章であればそれだけで価値が上がるかもしれない。


 3億の男ヨカゼ・トウドウはというと、壁を三角蹴りして2階の窓に飛びつき侵入していた。かがみ込んで姿が見えなくなったが、やがて起き上がると矢が満載の矢筒を二つ抱えていた。


「戦場慣れしているな」


「どういうことですか?ディンゴさん」


「連中みてみろエリオ。お前みたいにきょろきょろと全てを見回ることはしていない。最初に俯瞰的に場所を捉える。そして自分ならどう兵を配置するか、どこで戦い、逃げ込むことになるかを感じ取り探すべき場所を特定しているんだ。だから仕事が早い」


 ディンゴは長い黒髪をかき上げながら新兵のエリオに刑軍の立ち回りを解説する。


「ディンゴさんも出来るんですか?それ」


「お前よりはな」


 2人は先輩後輩の兵士談義を続けながらアイナの進む先を抑えるため城壁を進んでいった。


「……気になることが?」そして、ふとヴェルネリがアイナに問うた。


「うーん、刑軍4人の動向はもちろん気になります。でも、これは出されたケーキの中身はイチゴか唐辛子かと疑うようなものです。正体が見えるまでは頭で考えてもキリが無い」


「あの時はしてやられましたよ。アイナ嬢が13の頃の悪戯でしたか。辛い物はてんでダメだというのに」


「小娘相手でも油断してはいけませんね」


「だが張りつめ過ぎもまた毒です。さっきから剣の柄に手をかけっぱなしですぞ」


「え」


 年長の護衛は私に仕えて10年以上になるので表面的に言葉を並べたところで隠し事は難しい。「気になることが?」と彼が言ったということは、明るく振舞っていたつもりがもう随分まえからその緊張感を示していたということだ。結構指摘するのを我慢する人だから。


「ビ、ビビってませんよ!」


「はっは。気を揉むことは有りません、私がおりますのでな。刑軍にしても言葉鍵はアイナ嬢が把握しているのですし周辺には同じサルベージをする友軍が100人程は散っています」


「それに、移動中に遠征軍の配置図面を確認しましたが回収作業と広域の哨戒を兼ねた良い配置です。あのクラッキオという男が布陣を担当したようですが、なかなか聡い」


 後ろに控えたフラクも安心していいとヴェルネリを補完する。


 新兵のエリオを除いた3人は戦地の経験がある故郷の精鋭だった。有難いことにアイナへの信義も厚い。


「じ、じゃあ私もバリバリに探しますからね!」


「……やれ、走って行ってしまった」


「隊長があやすような口ぶりをするからですよ」


 自分も悪い癖かとヴェルネリは頷き、フラクと共にアイナを追った。

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