2章 初任務
第7話 オギカワ砦到着
1週間後。
晴れてくれたのは幸いなのだが、今日に関しては試練とも思えた。天は一切を隠すことはせず照らす。だから目にした現実をすべて見据え受け止めるのだと言っているようで。ときおり馬車の小窓から吹き付ける風もよそ見をするなよと頬を張ってくる。
おかげで目的地が遠くからもよく見えた。
ジェリスヒルに到着してから初任務出発までは瞬く間に過ぎた。領主をはじめ各所への挨拶回り、新居での荷開けや役所でペンを走らせる退屈な時間。ありきたりなことだけで過ぎ去って終い囚人街やその他の地区を散歩することも出来ず。
とにかく混んでいる、一つ一つに時間がかかるのだ。騎士とは言え新参者が割り込んで不評を被るなどやらかすつもりもなかったし、中規模都市にしては一つ抜けている賑わい方に舌を巻いた。
次の4日はこの馬車で移動。刑軍は専用馬車で移送されるそうで、気の知れた故郷からの護衛との旅だったしこちらの方は悪くはなかった。流れる風景を眺め途中の村では名物のシチューを楽しめたし、野営では夜釣りも試してみた。
そして現在、アイナ達は遠征地に到着していた。
「オギカワ砦に到着です。ここがアイナ殿の担当する南側ですよ」
またもクラッキオが馬車の扉を開け現れる。輸送隊長なので少し手前の中継地に居るはずなのだが、初日ということで出迎えに来てくれていたようだ。
一行は馬車を降りる。彼女にとっては初めての戦場。正確には「戦場跡」ではあるが魔物、賊、トラップ、何が待っているかわからない危険地帯だ。先日のサーコートに帯剣するのみで訪れた囚人ギルドの時とは違い、今は各自が武器防具を整えている。
アイナはミスリル製の軽鎧に、同じくミスリル製のレイピア。
これを父から贈られて何年経つか。そろそろ新調が必要かもしれない。特にいい加減上がきつい。
4人の護衛は揃いの鋼の重鎧と両手剣といった武装。
先日支給された重量を感じないバックパックもアイナ含め全員が担いでいる。騎士はあまり担がないと言っていたが、運べる容量が増えるにこした事はないだろう。
眼前に広がるのは土の色をした砦。以前は平時でも2000以上の兵で守っていたという。4方を80メートルほどの幅の城壁で囲まれた砦で、周囲には土塁も多く残っている。目の前の南門は、分厚い石の城壁が数か所崩されていて、ここが攻め手の突破口となったことが想像できる。あれは投石器でも使ったか魔術を行使したか、それとも強力な魔物の仕業か。
一年もたったというのに血の匂いがすると感じるのはこの凄惨な雰囲気に呑まれているせいだろうか。砦の成れの果てに舌をもがれたように一行はしばし言葉を失った。静寂に包まれている巨体が門が開き城壁に穴が開いている様は、なぜ助けてくれないのかと訴えているようにも見える。
「……立派な砦だ。放棄するとはなんともったいない。周囲の土塁も巡れば何かあるかもしれませんな」ヴェルネリが額に手を掲げて見渡す。
「低級の魔物を寄せ付けぬ加護の像が破壊されたのが大きいのでしょう。おいそれと作り直せませんし、近くには山岳地帯があります。そこから来るインプ等にいちいち気を払わねばなりません」ディンゴは左方に覗ける山を指さす。
「あそこにはミスリルの出る鉱山があると。アイナ様のミスリルの防具も確か産地はあそこです。兵力に余裕があれば山々にも掃討部隊を送るのでしょうが、経済や資源の面でも手痛い損失でしょうな」フラクは景色は気にせず、剣に汚れがないか改めている。
「しかし、罪人と戦場泥棒するのが仕事とは」
「こら。何を言ってるんです。すみません、部下が無礼を」
またも一番若いエリオがつい悪態をつく。彼はアイナよりも若くまだ少年扱いされてもおかしくない歳だ。
「然り。我々は刑軍と共に拾い物をするのが仕事。ジェリスヒルはそれで潤っているし、前線の者たちは裸で戦わずに済むのだ」ディンゴも弟分を諭す。
故郷からここまで皆が「閑職」だ、と口にすることを我慢してきたが若い護衛にはそろそろ限界のようだった。若い者は周りの心情を過敏に感じ取り伝染する。大人が言えないことも勢いに任せ言えてしまう。それに救われることもあるが、今はここが我々の仕事場だ。
「私も彼と同じ歳なら同じことを言いますよ。戦場で華々しく戦うことに憧れる時期です。正直、戦いの跡を歩くと今でもたまに思いますがね。『出遅れた』と」本音か建前かジェリスヒルが故郷で正規兵でもあるクラッキオはエリオを責めることはしなかった。
ふと城門の脇を見ると、大振りの錆びた剣が地面に突き刺さっていた。壁を何か所崩されようとも最後まで門を守っていた番兵がいて、瀕死の体を起こそうと地面に剣を突き立てたのだろうか。アイナはその最前線で果てたのだろう遺品を見つけると何か閃いたように小走りで近づき、柄を握りしめる。
「おりゃあああああ!」
力いっぱい剣を引き抜いてアイナは尻餅をついてしまったが、すぐに起き上がり剣を高く掲げ「最初の収穫です!」と明るく宣言する。部下の意気を上げようとしていると皆が察した。出来ることを精いっぱいやる。アイナ・コーエンはそのような女性だった。
エリオは「はい、貴方のバックパックの刀剣ベルトに納めてください。名のある名剣かもしれませんよ!」と剣を渡してくる笑顔に、ばつが悪そうに「わかりましたよ」と受け取り、「お見事」とクラッキオ。
そんなやり取りをして尻餅で付いてしまったズボンの土を払っていると、蹄と車輪の音がした。一輌の馬車が粉塵巻き起こしこちらに近づいてくる。手綱を持っているのはジェリスヒルの兵士。馬車の側部には手枷が描かれた紋章。
「待機地からそちらの馬車が見えましたかな。連中も来たようです」
一斉に皆に緊張の糸が走る。刑軍を乗せた馬車だ。
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