第6話 黄金色の騎士
血痕は残るも、死体は半刻ほどの役人の事実確認の後完全に片づけられた。アイナ達は役人に証言をしたり、周辺でこの事件から派生した揉め事が発生していないか確認するため少しばかり警らをしていたが、そろそろ「戻りましょう」と判断した頃だ。
後ろから声を掛けられた。
「野蛮な男でしょう。あれは」
「へ?」アイナは気のない返事で振り返る。
瀟洒な細かい装飾が施された黄金色の鎧。それを身に付けた騎士が立っている。後ろには彼の護衛か、白いシャツにこげ茶色のボトムス、それに濃紺のロングコートを羽織っている巨漢が一人。あれは刑軍全員に支給される彼ら共通の部隊衣装だ。
「騎士クロクワ・クラウス、貴女と同じ刑軍の指揮官の一人です。騒ぎを聞き駆け付けたとか?勇ましい方だ」
黄金色の騎士・クロクワが軽く握ったこぶしを自分の胸に置き騎士の礼をとると、アイナはようやく状況を理解し同じ姿勢をとる。
「あっ。わ、私はアイナ・コーエン。南のルーガスタから参りました。クロクワ卿」
「コーエン家を知らぬ貴族はいない」
「家の恩恵はありがたいですが私はまだ何者でもありません」
本音だった。
「刑軍を担当するのはそういった若者ばかりですよ。ちなみに、あそこで今しがた暴虐をさらしたのはジャック・アップルトン。刻爪を使ったのだから当たり前だが、奴も騎士だ」
「多いんですか?ああいうことは」
「騎士によります。ただ気にすることは無い。いや、気にしてはいられないが正しいか。あれが我々の仕事です。さすがに奴のような倒錯した振る舞いはしかねるが、命令違反は罰しないと」
「……はい」
本当にそうなのだろうか。あれが責務としてすべきことなのだろうか。
「お近づきに今夜夕食でもどうです。我が家にぜひ招待したい」
クロクワは血を見た後は飲んで食べて忘れるのが戦う者の定石だとでも言いたげな軽い調子で誘ってきた。ああいう死に様に本当に慣れているのか此処の騎士はと、自分とは位相の違う人間に思えてアイナは少し目を背けた。
「その。すみません。あんな光景を見た後では」
「一人でいるよりも同じ境遇の者と話した方が気が紛れることも」
クラウス家はさすがに知っている。王都でも有数の名家。確かクロクワ・クラウスはそこの次男。給仕だってそこらの店よりもはるかに腕の立つのを集めているのだろう。本来であれば、例えば父が後ろに控えていたとすれば家同士の外交の一環として訪問を指図しただろう。
「ありがたいお話ですが、主には雑務も残っておりますので」
ヴェルネリはすかさず助け舟を出した。
「両家の友好より大事な雑務が?それに私はアイナ殿と話している、戦士殿。……そうだ。お疲れならば寝室も用意する。ゆっくりこの街のことをお教えしましょう」
そこでアイナは更に表情が硬くなった。気遣いではない、同僚としてではない。今の言葉、ふらふらと上下を泳ぐ視線。普通に話すには二歩ほど近い距離。黄金色の騎士は、私を「女」として扱おうとしている。
巫山戯るな。この男。
煩わしい交誼を結ぶのは御免だ。気分ではないし、二つ返事をして媚びたくもない。
家の者である責任は持とう、だが操り人形ではない。そういう貴族の女の在り方が嫌で剣を取り、我を張った結果此処へ流されたのだ。なのに今日会った男に迎合する気はない。申し訳ないが「コーエン家の私」の事は、私が決める。
「申し訳ありませんクロクワ卿。私は姫としてここに来たのではないのです」
姫だとしていきなり初対面の男の家に泊まる馬鹿ではないが。
明確な主張はしかし、黄金色の騎士にその意図をはっきりと伝えた。彼はなるほどしまったという風にわざとらしく首を振る。
「これは失礼を、私もこの街にあてられ烏滸がましさを覚えてしまったようです。お許しを」
「私もまだ、強靭な騎士の精神を得られてはいません」
「そうなると、先に任務を共にした方がよさそうですね。互いが鍛えられるし、食事は野営した時にでも出来る」
「そうですね」
アイナが繕った笑顔で締めると、クロクワもまた恭しく会釈し「ではまたそのうちに」と建前のマナーを交わして去っていった。
「……アイナ嬢、我々も今日はもうよいでしょう。配せられた兵舎で休みましょう」
そうヴェルネリに促され、アイナはジェリスヒルでの初日を終えた。
**
新人騎士と話した帰り道。曲がってすぐの通りの馬用防護柵に嬉々とした顔で奴が座って居た。全く野次馬していたか。もともと奴の抱える刑軍兵舎前が現場だったのだから管を巻いていて不自然も無いが。
「女に振られたな。クロクワ」
ジャック・アップルトンは黄金色の騎士クロクワに軽口を叩く。
「黙れ。ギロチン気取りの田舎者が」
「うーわ口悪。で、エリート騎士様は次に何を?」
「まあ夕食ではないな。……まずはチェスだ。姫は駒を奪う遊びはお得意だろうか」
「おー怖い。それって向こうの手番は来るのか?『新人いびり』のクロクワ・クラウス」
「なんとでも言え。序列を教えてやらねば勢力は切り崩され、家は廃れるんだ。奴は女とはいえコーエン家なのだからな」
人を嬲る前に口角を片方だけ上げ冷笑するのは、ジャック・アップルトンとクロクワ・クラウスの共通した癖だった。
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