第4話 プラプラのバックパック
「おお。これはこれは麗しいですな。コーエン殿。このようなご令嬢が刑軍の指揮官となるとは。私、コーエン殿が招集された此度の『サルベージ遠征』で輸送隊を任されているクラッキオと申します。お見知りおきを」
ガチャガチャと着込んだ重鎧の金属音を鳴らしながら人を掻き分け声を掛けてきたのは30半ばほどに見える男の剣士。少し重い装備を着込みすぎと思えるくらいだが足取りは軽く、その鎧はへこみや傷、錆が多々みられ歴戦であることを思わせる。走ってきたのか息は少し上がり、そして両肩には大型の鞄を一つずつぶらさげている。新人とはいえ騎士の出迎えとしては忙しない様子だ。
「コーエン家のアイナと申します。よろしくお願い致します」
アイナの方は丈長のサーコートを着込んではいるが帯剣するのみで鎧は纏っておらず、浮かぶ女性らしいシルエットと肘まで届こうかという艶やかな髪は「ご令嬢」という彼女にとっては気に食わない呼び方をされるのに十分なものだった。
「ええ、ええ。護衛の皆様もどうぞよろしく。そして、実に申し訳ない。世間話や街の案内でもとすべきところですがクラウス家の次男坊に急かされていましてな。美しい女性に仕えられる皆さんが羨ましいですよ」
「えっと、案内はお構いなく。私たちも勝手に散策しようと……ってうわっ」
言うや否や輸送隊のクラッキオは両肩の鞄をどかっと乱暴にテーブルに置く。平均程度の背丈のアイナが担ぐとすれば正直かなり大きい。素材の皮は黒く厚みがあり、両脇にポケット。枠組みはかなりしっかりしているようでテーブルに置いてもへたり込んだりはしなかった。
「ああ申し訳ない。だが手早く支給品と初任務の説明をさせていただく。これは刑軍の遠征で最も基本となる装備である軍用バックパックです、どうぞお手に。外の馬車に人数分用意してございますので。帰りがけに持っていってください。ま、騎士の方が自ら担ぐことはあまりないと思いますが」
ぶっきらぼうに説明を始めたクラッキオ。この男不躾が過ぎるのではないか、バックパックにしてもその程度こちらで準備があるに決まっているだろう。こちらはどこぞの志願兵ではなく名家から派遣された騎士と戦士なのだ。と護衛の者達が眉をひそめるものの、彼女がまあまあと部下を制す。
身分はあるとはいえ最初から何百人も任されるような名将ではない。ぱっと現れた新人に対する現場の兵士の態度とはこんなものなのだろう。
彼女の部下たちは彼女が下に見られるような態度に少しばかり敏感なところがあった。女だてらに騎士となり剣を振ることの特殊さと彼女の真っすぐな性格がからかいの対象になったことは一度ではなかったから。
だが護衛の表情とは裏腹に、アイナはバックパックを手に取った途端その思いもよらぬ感触に驚きを隠せず、クラッキオにしたり顔をさせることになった。
「軽い!これ凄い軽いですよ!ていうか重さがないと言っても……」
その大きさや作りに対してあまり軽い。それこそ冷茶を飲み干し空になったグラスほども重さを感じないのだ。「そこの一番背の大きい戦士殿をぶち込んでも破れませんよ」とクラッキオは耐久性についても嘯く。一行は理由がわからず鞄をいじくりまわす。
「なんと、これは……なぜこのような重さしかないのです」と不思議がる背の高い護衛フラク。
「プラプラ〈不落不落〉という魔物の外殻を素材にしたバックパックです。素材自体に浮力があるから荷物をたくさん入れても軽いまま。目いっぱいの鉄を入れても5歳の子供が担いで歩けます。生きてるときはぷかぷか浮いてランプみたいに朧げに発光する魔物で、この地方特有のものです。ここらじゃ街道の明かりや行軍用に飼いならしてて人間と共生してますから、もう魔物というよりは家畜に近いですかなあ。夜になれば街中でこいつが光ってますよここじゃ」
「魔物と共生……」
魔物の皮や骨を道具に転用するのはままあることだが、生きたまま利用している事もあるとは。
「安全な中央の都会暮らしじゃ目にしなかった逸品でしょう。戦地に近い都市じゃこういった生活への利用は勿論ですし、異形の存在は敵だから人類は一丸となって戦う!なんてのはもう昔の話で……今じゃ魔族も人もどれが敵でどれが味方やら、しっちゃかめっちゃかで良いやら悪いやらですよ。ははは」
「有用なものだ。かたじけない」
白髪を携えた年長の護衛ヴェルネリが礼を述べる。彼女たちの中では最も戦歴の豊富な戦士で分別があり、アイナの剣術の稽古相手でもある。彼女の私兵の中では最も頼りになる存在だ。
「これがなきゃ始まらないのでね。刑軍のおこなう作戦はほとんどが『サルベージ』ですから」
「サルベージ、戦場跡や遺跡で残された物資を回収する作戦……ですよね」
囚人で組織された『刑軍』、それを率いる騎士に任される主要任務『サルベージ』。
放棄された人の住まわぬ地に赴き、再利用できるものや奪還すべきものを回収する。武器であれ、宝飾であれ、生存者であれ。
それがこの都市での私の仕事だ。
「ええ、今回の目標となるダンジョンは『オギカワ砦』。ここから馬車で4日程のところにある戦場跡です。1年前に敵国との激戦があって両軍合わせて3000人が死にました。戦線はすでに移っていて今じゃ放棄された廃墟。多少の罠や魔物はいるでしょうがそれらを突破して再利用できるのものを回収します」
本来であれば、勝った軍と敗北した軍がありどちらかが拠点を占拠する。そこに残った品々があれば占拠した軍に利用されるだろう。だがクラッキオによればオギカワ砦での戦いはあまりの激戦で、敗色濃厚のジェリスヒル軍は砦を放棄し退却。攻め手の敵軍もあまりの損害に砦を占拠できるだけの戦力が残らず、結局両軍が撤退する格好になったそうだ。
砦の元の主は戦死、住民はジェリスヒルで受け入れておりこの一年完全な放棄地だった。今は戦乱の時代。多くの戦線に軍を向けているため防衛拠点の再編成と効率化を行った結果捨て置かれた地になったらしい。
「3000の死者……」
「国を守るために散ったのです。埋葬に向かわせるような人手も用意できなかったはずですから鎧を着たまま骨になっている者も多いでしょうな。ま、嫌なものを見る仕事でもあります」
でも誰かがやらねばならない。いつまでも磨きなおせば使える武器や壁に刺さった矢をそのままにしておくことは出来ない。財も資源も有限なのだから。だからこそ使い勝手のいい囚人で構成された刑軍とそれを監督する騎士が必要というわけだ。
「骨が鎧を着ていれば、それをはぎ取り持ち帰る」自分に言い聞かせるように応える。
「そういうことです騎士殿。死者への冒涜と言う輩もいますが、鎧は棺桶にしておくより生きてる奴に着せた方が役に立ちます。囚人も刑期が減る。いいことが二つだ」
囚人にとってはその行為が自分の懲役を縮める自由への道。回収した鎧はジェリスヒルで鑑定され値段が決められる。その後は鍛冶ギルドで修繕され、軍に送られ再利用なり市場に流通するなりという順だ。囚人は値段の分の代金が貰えることは無いが、その代わり自らの『懲役金が減額される』。
「領主のミルワード公は父の古くからの戦友です。ジェリスヒルの助けとなるよう最善を尽くします」
今のはあまり本心ではないことを言ったかもしれない。が役目を果たす覚悟はしてきた。
「それはありがたい。せわしないですが出発は明日の朝。つまり今から5日後、貴女は『刑軍』を率いる部隊長だ。こちらは最初の手勢となる囚人の面々のリスト。なに、たったの4名ですからまずは肩慣らしですよ。護衛の方も4名おられますし御するのにちょうどいい人数でしょう」
そうクラッキオから数枚の書類を渡されたが、アイナはそれが墓荒らしから贈られた死者の宴への招待状に思えた。
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