1章 囚人街
第2話 カラスの流儀
あの地下牢からもう一年ほど経つだろうか。
ヨカゼ・トウドウは苛立っていた。
これでは猟犬ですらない。カラスだ。
光物を探し、荒れ地を啄み巣に持ち帰る。営巣しないことを考えればそれ以下か。宝を集めたところで飼い主に捧げる貢物なのだから。
今回のダンジョンである遺跡深層を確かめるように歩く。背負うバックパックには雑多な荷が満載で、刀剣や乱暴に畳まれ突っ込まれたマント、杖や書物といった物資がはみ出して見える。腰にはカタナを差し、片手には何やら震えているようなランプを携え先を照らしている。
大きな石碑の前に着いたところで、その石碑に捧げられたかのように立てかけられた一本の剣を見つけた。
――柄にアルテナ家の紋章。これが今回の遠征のメイン目標の一つか。
手に取りバックパックの余った刀剣ベルトに剣を差し込むと、その隙を突くようにヨカゼは魔物に襲われた。
インプ。毒沼から生まれたような濃い緑色をした尾のある耳の尖った小人。5体いる。
こうやって探索に現れた人間を餌にしているんだろう。棒やらナイフやらで武装している。そしてこちらは大荷物を背負って的がデカい。
ぞろぞろ組みつかれるのを避け距離を取らねば。
反応良く後ろに下がると、同時にバックパックの横ポケットから短剣を素早く取り出し放る。すると一番手前にいたインプの眉間に突き刺さった。
意外な襲撃ではない、だからこそ俺たち『刑軍』が派遣されている。要は掃除屋だ。殺し合い、捨て置き、好き勝手に振舞った結果のゴミ山には相応の連中が集ってくる。それらを狩り、残された遺品を取り戻すのが俺達の仕事だ。そしてその裏方産業に目を付けた都市が『ジェリスヒル』、罪人を金で濾過していく『囚人街』を抱える都市だ。
携えていたランプを床に置き今度は背中から杖を一本取り出し、残った右腕で腰に差したカタナを抜く。
4体のインプが迫って来ていたが、ヨカゼが何やら言葉を唱えると途端にその内2体のインプの動きが止まった。重心が前に偏り転げてしまうような態勢だが、まるで蝋で固められたかのように微動だにしない。
「10秒動けないぞ」
半数を止め有利と見て前へ出る。膂力で劣る小人のインプのこん棒の振りは魔法を使わずして杖で容易に受け止め、肩口から思い切り剣撃を浴びせた。絶命したインプの肩からカタナを外すとたらりと刀身から赤い血が滴る。その血を見るともう一方の動ける片割れは竦んでしまい立ち尽くし、歩いて近づくヨカゼからの致命の一振りが首を通った。
これが脅威で家に伝わる名剣を置いて逃げた貴族様がいるんだから笑わせる。物の価値と人の価値が合っていないじゃないか。瞬時に二体を片づけたヨカゼは回収した紋章入りの剣の持ち主を内心で嘲る。
続いて杖の魔法で硬直させた残りを刈り取ろうとしたが踏み出した瞬間、後ろから短い手斧が飛び止まったインプの脳天を割った。
「動かない的に当てて助けたつもりか?」
「いいや。だがそいつが持ってたナイフは俺の取り分だ」
振り返り問い詰めると倒したインプの得物を指さし主張してくる。ヨカゼはその言葉に興も冷めたようでカタナを下ろし、数秒後に魔術の解けた生き残りの一体は怯え叫びながら遺跡の奥へ走り去った。
「ナイフだけはな」
後ろに現れた男は投げた斧と戦利品のナイフを取りにのうのうと歩み寄ってくる。だがこれ以上に責める気もない。これは俺たちの流儀だ。主従でも友人でもないし、助け合いもしないがそれぞれの結果は尊重する。それが『刑軍』で、自由を目指し足掻く罪人だ。
「大漁だな」
斧の男はヨカゼの背負った荷物をじろりと眺めながら周囲をうろつく。
「お前と違って働きもんなんでな」
「みたいだな。お前ほど大罪人じゃなくて良かったよ。責務が楽だ。……こいつがアルテナ家の宝剣か。それ一本で酒場の一つも丸ごと買えそうだな。あの古布に買い叩かれなきゃだが」
さらに一歩前に出て商店の棚でも見るように品定めをする。
斧の男は立派な剣を眺め呆れたような顔だ。
「安値をほざいたら酒場の絨毯に縫い付けてやるさ」
「俺なら馬の鞍にする。靴で踏まれるよりケツの下の方が屈辱的だ」
「ケツじゃ噛みつかれるぞ」
「そしたら屁をこいてやるさ。……なあそれはそうと聞いたか?俺らは次のダンジョンに移動だとさ。何とかっていう砦でブツの量もかなりデカいらしい」
「それなら聞いた。俺にはアガリが大きいダンジョンは有難い」
「まだあるぞ。上官は新人の騎士で、しかも女だとさ」
斧を拾いながら教えてきた男は何かのコメディでも聞かせているように得意げな顔をしていた。
「それは初耳だ。どんな奴だ」
「さあな。女でこんな辺鄙な仕事するんじゃ変わり者だろうがな。加虐趣味の変態じゃないことを祈るさ。ちなみにお前、騎士を口説いたことあるか?」
「……いいや。貴族は好きじゃない」
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