2話

 ベッドの上で仰向けになった圓治に、美緒は絡まるようにして胸に顔を寄せた。


 お互いの汗で濡れた肌が、磁石のS極とN極のように吸い付く。


 細い腕を逞しい胸に回し、滑らかな足を圓治の足に絡める。


 口は圓治の小さな乳首を吸い付き、舌で刺激を与える。


 園児の手が、優しく美緒の髪を撫でる。


「どうかしたか?」


 問われ、美緒は乳首から口を離す。


「ううん……。何もないわよ。どうして?」


「子供の嘘は分かりやすいんだよ」


「なによ、子供って」


 圓治の言い方に、美緒はムッと肩眉を吊り上げた。


 そんな美緒を見て、圓治は笑う。


 圓治にとって、美緒はまだまだ子供なのだろう。それもそうだ。高校生と言っても、何も決められない。背伸びをしたところで、親の庇護になっているのだ。


「学校の悩み事か? 相談に乗るぞ?」


「ん? ん~、悩みって程じゃないの」


 美緒は、絡めた手足から伝わってくる圓治の温もりを確かめる。


 落ち着く一時だ。この瞬間が、永遠に続けば良いのに。脇腹に鼻をつけた美緒は、胸いっぱいに圓治の香りを吸い込む。少し汗臭い、成人男性の匂い。嫌いではない。むしろ、何処か懐かしい香り。遠い昔に忘れてきた、懐かしい香りだ。


 こうして目を閉じるだけで、美緒は童心に返ったような、温かい気持ちになる。


 嘘も虚構も、ここには存在しない。ありのままの自分で居られる数少ない空間だ。


 圓治に頭を撫でられながら、美緒は小さな寝息を立てた。


 聞こえてくる心臓の鼓動。そして、温もり。それら全てが美緒を優しく包み込んだ。


「美緒、そろそろ時間だ。先にシャワー浴びておいで」


 少しウトウトしてしまった。圓治の声に目を覚ました美緒は、驚いて時計を見た。時刻は、まだ午後三時。いつもよりも一時間以上早い。


「え? もう? まだ二時間も経ってないよ?」


「悪いな。これから用事があるんだ」


「そんな……、折角のんびりできると思ったのに」


「お前も子供じゃないだろう? 駄々をこねるな」


「さっきは、まだまだ子供だっていったのに」


「そうだったか? まあ、肉体的には大人だよ」


 そう言って、圓治は美緒の乳首を口に含み、甘噛みした。


「本当に、これから用事があるんだ。済まないな」


「……奥さんと?」


 美緒の問いに、圓治は一瞬固まるが、すぐに「ああ、そうだよ」と答える。


「たまには家族サービスをしないとな……」


「……そうよね」


 上半身を起こした美緒は、乱れた髪を整えると、仕方なくシャワールームへ向かった。


 熱いお湯を浴び、うっすらとベールのように纏わり付いた汗を洗い流す。


 どう足掻いても、美緒はただの不倫相手。いや、不倫相手にもならない。ただの遊び相手、性欲のはけ口でしかない。


 それは分かっている。この関係がいつまでも続くとは思えない。いつかは、この関係を清算するときが来る。それは、そう遠くない未来だと言うことも分かる。


 圓治との繋がりが切れたら、美緒はどうなるのだろうか。


 シャワーの湯気で曇ったガラスを、美緒は手で拭く。水滴の向こうに現れたのは、子供の様に泣きそうな表情を浮かべた美緒だ。


「私、どうなるんだろう」


 美緒がどう思おうと、圓治は美緒の事をなんとも思っていない。都合の良いセックスフレンド。金を払って股を開く、娼婦だと思っているのだろう。


 だけど、美緒は違う。美緒は圓治に父親を重ねていた。


 遙か昔、離婚して家から出て行った父親。


 今となっては、どんな顔だったのか、声だったのか、良く覚えていない。


 ただ、寂しい思いをしたのは確かだ。そして、父親が出て行ってから、美緒の生活が激変したのも事実だ。


 美緒は、心の何処かで父親を求めていた。だから、圓治の中に、都合の良い父親の姿を見ているのかも知れない。


「…………」


 自分が間違っていることは、分かっている。こんな、売春まがいの行為は、いずれ身を滅ぼすことは分かっている。だけど、美緒は止められない。圓治に抱きしめられると、心の中の欠損した部分が埋められるように思えるのだ。


 白い陶器の様な肌を優しく撫で、そして、先ほどまで圓治のペニスが入っていた陰部を丁寧に洗う。


 少し濡れてしまった髪を乾かしながら、部屋に戻ると圓治が入れ替わりにシャワールームへと入った。


 部屋に満ちるタバコの臭い。嫌いではない。美緒の父親も、タバコを吸っていた。


 霞のように漂う紫煙が、エアコンの風によって霧散していく。

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