三章 不穏 disquieting

1話

 飴色の照明が室内を怪しく照らす。ケバケバしい壁紙に、安物の消臭剤の香り。天井に備え付けられたエアコンが、虫の羽音のような音を立てながら、生温い風を吐き出す。


 一糸まとわぬ姿の美緒は、大きなベッドの上で仰向けで寝転ぶ圓治の股間に顔を埋めていた。


 大きくなったペニスを、その口に咥える。


「ハァ……」


 圓治の口から熱い溜息が漏れる。


 美緒は、口をすぼめ、一心不乱に顔を上下させる。


 心の中がざわついていた。


 こうして、圓治とセックスをしていても、心が休まらない。


 そもそも、美緒の人生で、一度として心が休まった時などあっただろうか。過去を振り返ってみても、思い浮かばない。


 心が休まるとは、どういったことだろうか。リラックスしているという事だろうか。それとも、安心できるという事だろうか。


 多分、後者なのだろうと、美緒は思う。


 家にいても、美緒は心の休まる時がない。


 自分勝手でヒステリックな母親。


 彼女は美緒の話を聞くこともなく、全てを自分の思い通りにしようとする。意にそぐわないと、理不尽にがなり立てる。


 昔は、自分が悪い。母の言うとおりに出来ないのが悪い。そう思っていたが、美緒も成長するにつれ、世間が見えてきた。


 間違っているのは、美緒ではなく母親だった。彼女は、俗に言う毒親というものだった。美緒が幼い頃からそうだったのか、それとも、離婚してからそうなったのか、美緒には分からない。だが、彼女が世間の常識からずれているのは理解できた。


 いつしか、美緒の心は母から離れていった。


 あんな母にはなりたくない。


 あんな女にはなりたくない。


 母の顔を見る度、美緒の胸中にはそんな思いが巡る。


 どうして、こんな家に生まれてきてしまったのだろう。


 美緒は答えのない問いかけを繰り返す。


「今度は美緒を気持ち良くするよ」


 圓治と体を入れ替え、今度は美緒が仰向けになる。


 少し硬いベッド。


 目を閉じれば睡魔が忍び寄ってくる。


 圓治といるこの空間。


 これが美緒が落ち着ける場所だ。


 だが、本当にそうなのだろうか。


「んっ……!」


 下腹部に潜り込んだ圓治が、美緒のヴァギナを丁寧に舐める。勃起したクリトリスを刺激し、そのすぐ舌にある尿道口に舌先を這わせる。


「ううっ……! ちょっと、ダメ、出ちゃう!」


 尿道から奔る微かな痛み。


 美緒は圓治の頭を押さえつけ、唇を噛んだ。ゾクゾクと背筋を登ってくる快感に耐えながら、今、この瞬間のささやかな幸せを享受しようと努めた。


 美緒の弱いところを知り尽くしている圓治は、的確に美緒を快楽へと誘う。


 セックスは気持ちが良い。誰かとこうして肌を合わせているだけで、自分は一人ではないと感じられる。


 美緒がセックスにはまった理由は、そこにあったのかも知れない。誰かと一緒にいたい。自分を見てくれる人の側にいたい。その一心で、美緒は圓治に尽くしている。彼と一緒に、快楽を貪っているのだ。


 執拗な愛撫により、美緒の体は圓治を受け入れる準備を整えていた。充血したヴァギナは、圓治の唾液と分泌された愛液によってぐしょぐしょに濡れていた。


「来て! 圓治、私の中に来て……」


「入れるぞ……」


 慣れた手つきでゴムをつけ、圓治は美緒にのし掛かるようにしてペニスを挿入した。


 十分に濡らされたヴァギナは、すんなりと圓治のペニスを受け入れる。


「ウッウッウッ」


 圓治の腰の動きに合わせ、小さな呻き声が口から漏れる。


 一突きされる度、下腹部から波のような快感が全身に響き渡る。


「圓治……」


 美緒は圓治の体を抱きしめる。


 自分の存在を刻みつけるように背中に爪を立てる。


「ああ、いい……、美緒、今日は積極的だな」


 圓治が動く度、美緒はヴァギナでペニスを締め上げる。美緒が力を入れると、圓治の眉がピクリと動く。彼も気持ち良いのだろう。


「うん……」


 何故だろう。圓治に抱かれているというのに、フワフワと気分が浮ついている。体は快楽を教授しているというのに、心がざわついている。そのざわめきを沈めるために、美緒はより深く、より強く圓治を求めた。


「もっと激しく突いて」


 力の限り圓治を抱きしめ、それに圓治が応えてピストンのスピードを上げる。


 徐々に快楽のボルテージが上昇し、最後に弾けた。


 美緒の中でペニスが一際膨張し、直後に脈打つ。それと一緒に、美緒を今まで以上に強い快楽の波が襲いかかる。


「ウッ! イクッ――!」


 激しく唇を合わせながら、美緒と圓治は同時に果てた。

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