鹿島 美緒

「私、どうしたら良いかな?」


 ポロポロと涙がこぼれ落ちる。


「さあな。俺は忠告しただろう? 止めておけって」


「分かるわけないじゃない。ズーっと前の話だし」


「慧を泣かすようなことをするな、そうも言ったよな?」


「…………」


 美緒は何も答えられない。


 タオルで濡れた顔、髪を拭きながら、那由多を見て、その隣にいる『少女』を見る。


 『少女』は、那由多の横に移動しており、闇色の瞳でこちらを見つめている。


「ふぅ」


 那由多は大きく溜息をついた。アイドルグループにいそうな端正な顔に、うんざりとした色が浮かぶ。


「今更、アドバイスもないだろうが、一つだけ言っておくことがある。コイツの言うことに、ちゃんと耳を傾けるんだな」


 那由多の手が、『少女』の頭に乗せられる。


 『少女』は驚いたように那由多を見上げる。那由多は『少女』を見て、ニコリと優しく微笑んだ。なんと、『少女』も那由多に笑みを返した。その笑顔は、何処かで見たことのある表情だった。


「お前も、分かってるんだろう? コイツの正体。良い機会だろう。全てをリセットして、一から始めろ。まずは、自分と向き合ってみるんだな」


「リセット……?」


 そんな事、出来るのだろうか。


 今までの交友関係、慧との関係、そして、圓治とのイケナイ関係。それらを、一体どうやってリセットしろというのだ。全てをゼロにして、自分に何が残るというのだ。心も体も空虚な自分と、いるだけで息が詰まる家が残るだけだ。


「まあ、望む臨まないに関わらず、お前の交友関係は、すぐにリセットされるよ」


「え?」


 那由多の答えに、美緒と『少女』の目が見開かれる。


「言葉通りの意味だ。試練の時だぜ、お前の」


 恐ろしかった。


 黛那由多。昔から、得体の知れない人物だった。人当たりは良いが、常に皆と一線を引いている。そして、物事の核心を的確に突いてくる。時折、こうして予言めいたことも言ってくる。


 彼は嘘をつかない。きっと、那由多の言うとおり、全てをリセットする時が訪れるのだろう。彼の言葉では、他者からそのリセットがもたらされるようだ。


「まさか、慧君が……?」


「アイツじゃないよ。自分の目で確かめるんだな。なに、これまでのツケを払うだけだ。甘んじて受けるんだな」


 突き放すように言い放った那由多は、「じゃあな」と背を向けた。


「待って!」


「なんだ? 手助けをするつもりはないぜ?」


「…………」


 先手を打たれてしまった。


 この状況になってなお、美緒は誰かに頼ろうとしていた。


 全てが悪い方向に進んでいる。それは、自分でも嫌と言うほど分かる。来週から始まる二学期からは、前のような学校生活を過ごすことは出来ないだろう。


 しかし、もし仮に、全てを元に戻せるのだとしたら、美緒は神様にでも那由多にでも縋るつもりだった。


「ねえ、那由多」


「黙れ」


 激しい雨をすり抜け、冷たいナイフのような那由多の言葉が胸に刺さった。


「それ以上は言うな。これ以上、慧を悲しませるつもりか?」


 セックスをしたら助けてくれる?


 そう言おうとした自分の浅はかさを、彼は見抜いていた。


『やっぱり、救いようのない馬鹿ね』


「全くだな。救いようがないよ。もう少し雨に打たれて、頭を冷やせ」


 那由多は背を向け、激しい雨の中に消えていった。


「…………」


『本当に、馬鹿』


 悲しそうに呟いた『少女』は、美緒の目の前でフッと消えた。


 祭中止のアナウンスが、豪雨の中響いていた。


 美緒は傘を打ち付ける激しい雨音を聞きながら、トボトボと、遠い家路についた。

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