3話

 昼休み。


 一階にある食堂は、多数の生徒で賑わう。


 日替わり定食が三つある。その他のメニューには、カレーやラーメンなどがあり、プリンや杏仁豆腐など、ちょっとしたスイーツも用意されている。食堂も広いが、併設されているテラスも広く、晴れた日などは外で昼食を取る生徒も多い。


 美緒は、詩織と食堂に来ていた。


 慧と来る事も出来たが、美緒にとっては、所詮かりそめの関係だ。あまり深入りしない方が、お互いのためだ。


「ア~、お腹すいた、何食べようかな」


 ガラスケースの中に展示してある日替わり定食を見ながら、詩織は呟く。


「私は、C定食」


 美緒はカルボナーラスパゲティと、サラダの定食に決めた。詩織は「じゃあ、私もそれ」と言って、列に並ぶ。


「うっす。場所取っておくから」


 先に来ていた克巳が、美緒達に声を掛ける。彼は、ラーメンを乗せたトレーを手にしている。


「うん。頼む~」


 詩織の言葉に、克巳は足取り軽く去って行く。克巳の後を、昌利がタラタラと歩いて行く。


「で、どう? あのプロジェクトはうまくいってる?」


「ん? ああ、あのプロジェクトね。まあ、順調かな」


 あらかじめ作り置きされているサラダをトレーにのせ、美緒と詩織はカウンターへ向かう。学食のおばさんは、良い手際で次々とパスタを作っていく。待ち時間も少なく、美緒達はトレーにカルボナーラをのせた。


 克巳の前に座った美緒に、早速詩織が話の続きをせっついてくる。


「で? で? 何処までやったの? もう、セックスした?」


「はぁ? なんで私が慧君とセックスするのよ? 止めてよ、冗談じゃない」


 パスタを口に運びながら、美緒はすぐさま否定する。


「だろうな。あんなのとセックスするくらいなら、犬とした方がマシだな」


 克巳が面白そうに言うが、美緒にとっては、克巳もセックスの対象には思えない。


「で、実際はどこまでいったんだよ?」


 ニヤニヤと笑いながら、昌利が美緒に尋ねてくる。


「別に、なにもやってないわよ。手だって繋いでないし。一緒に帰ってやってるだけ」


「帰って、『ヤル』だなんて、美緒、エロいね」


「詩織、馬鹿なの?」


「その馬鹿に、テストで負けたの誰だっけ?」


 ムッとしながらも、事実であるため言い返せない。胸中で、「次は負けないんだから」と、反論してみせる。


「おっ? 噂をすれば! 美緒のカレシじゃん!」


 昌利が、めざとく慧を見つける。


 彼は、B定食の生姜焼き定食を持っていた。


「ホラ、手を振ってやれよ」


 昌利にせっつかれ、美緒は小さく手を振る。


 丁度、席を探して周囲を見渡している慧が、こちらを見た。彼は美緒に目を留めると、笑みを浮かべて控えめに手を振り返してくれた。慧は、しばらく食堂で席を探していたが結局見つからず、テラスへ出て行った。


「おおおお~! いいね、カレシカノジョ! 羨ましいな!」


 昌利が、玩具を貰った子供の様に足をばたつかせる。


「ふ~ん、順調にやってるみたいだな」


 楽しんでいる昌利とは違い、克巳は少し不機嫌そうだ。


「ねね、佐藤、どんな感じなの? やっぱりオタク系? アニメとか漫画の話ばっかりとか?」


「常にゲームの話とかしてそうだな。エロゲとかさ、そう言うのでオナってそうだしな!」


 詩織と昌利が、馬鹿笑いをする。


「案外、リアルな女じゃ立たなかったりしてな」


 克巳の言葉に、「ありえるありえる」と、詩織は腹を抱えて笑う。


 大騒ぎをする美緒達を、周りのテーブルに座る生徒達は訝しそうに見てくる。


 克巳達が馬鹿騒ぎをするのはいつもの事なので構わないが、慧の事を何も知らない彼等が、慧の事を馬鹿にするのは不思議と苛立った。


「そんなことない。慧君は、そんなことない」


「え? 佐藤はノーマルって事?」


「……だと思う。性癖なんて、聞いたことはないけど。それに、慧君は詩織達が思ってるようなオタクじゃないよ」


「え~そうなの? 『デュフフフ』とか『拙者』とか、『も、萌え~♪』とか言ってそうだし」


「おまえ、いつの時代のだよ! いねーから、今時!」


「でも、ありえる。アイツ、何考えてるか分からないし。そのうち、鹿島にコスプレとかさせたりしてな」


「もし、SNSとかで来たら、絶対にスクショな。そしたら、後で拡散してやるから」


「お前、それ、最悪!」


「佐藤、そんな事されたら学校辞めちゃうって!」


 三人は最大の馬鹿笑いを周囲にばらまいた。


 ふつふつと、胸の奥に湧き上がってくる怒り。美緒は顔にこそ出さなかったが、ずっと続いている慧の悪口に、耳を閉ざした。


 「ご馳走様」と、先に食べ終えた美緒は、一人席を立った。


「あっ、ちょっと、美緒。早いよ、待ってよ~!」


 詩織が呼び止めるが、美緒の足は止まらなかった。


 何で怒っているのか、美緒にも分からなかった。ただ、慧の事をあんな風に言われるのは、嫌だった。その原因を突き止めるのは、なんだか空しい気がした。美緒は深呼吸をして外の空気を吸うと、スマホを取り出した。


「……なんなのよ、もう」


 不機嫌そうに呟きながら、美緒はSNSを開き、慧にメッセージを送った。

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