2話

 一頻り四人で笑い合った後、溜息をつきながら、健介が真面目な表情を浮かべた。


「で、慧、実際の所どうなんだよ? 鹿島美緒の様子は?」


 問われ、慧は不愉快そうに眉間に皺を寄せた。


「どうって、この間も話したでしょう? 普通だよ」


「普通ね」


 健介の表情は晴れない。夕貴とななも同様だ。


「みんな、どうして美緒さんを信じないの?」


 不快感を示す慧。普段は温厚な慧でも、これ以上、美緒の事を勘ぐられては良い気分がしない。友人には、特にこの三人には、美緒との関係を祝福して欲しかった。


「そりゃ……」


 慧の強い非難の眼差しを受け、健介は言い淀んだ。助けを求めるように、なな、夕貴の順に視線を走らせる。


 ななは困ったように肩をすくめるが、夕貴は「だってさ」と、言葉を紡いだ。


「鹿島は、その付き合ってる友人関係も、あまり評判良くないよ? 万引、恐喝は当たり前って連中だよ?」


 「実際、私は見たことあるよ」と、夕貴は周りを気にしながら、小さな声で続けた。


「…………」


 慧は黙ってしまった。


 ここまで、美緒との関係を否定されてしまっては、怒りを通り越して悲しい気持ちになってしまう。


 俯いた慧を見て、健介達は「あっ」と、気まずい表情を浮かべる。


 夕貴の言うことも分かる。美緒に良い噂がないのは、事実だ。ここで、慧がいくら美緒を説いた所で、なんの意味もないだろう。


「でも、慧君が良いなら、私はそれでも良いと思う。慧君の恋愛だし。私達がとやかく言う必要ないでしょう?」


「なな、那由多みたいなこと言うね」


「私、那由多君と同じ事言ってた? だったら多分、私の言うことが正しいと思う。私達は友人として、慧君を祝福するべきだと思う」


 賢(さと)いななは、敏感に慧の気持ちが沈んだことを察したのだろう。気遣いから出た言葉と分かっていても、ななの心遣いが嬉しかった。


「まあ、そうだな。これは慧の問題だし、俺たち外野がどうこう言う問題じゃない。母ちゃん、分かったか?」


「母親としては、ちゃんとした子と付き合って欲しいんだけど、慧を信じるわ」


 腕を組み、顎に皺を寄せた夕貴は、仕方ないというように肩をすくめた。


「よし、母親の許しも出た。と言うわけでさ、今度、ダブルデートしようぜ?」


「はぁ?」


 健介の申し出に、慧は素っ頓狂な声を上げてしまった。


「うん、それも良いかも。私も賛成。いつも二人だと、マンネリしちゃうし」


 胸元で手を合わせたななも、嬉しそうだ。


「え? ダブルデートって、私はついて行っちゃダメなんだよね?」


「カレシ同伴なら来ても良いぜ?」


「クッ、痛い所付くわね……。良いわよ別に、私はどうせバイトだし。四人で楽しんで来てよ。ななからじっくり話は聞くけどね」


「と言うわけだ。鹿島にちゃんと言っといてくれよ?」


「え? 美緒さんに?」


「俺から言うのは変だろう?」


「そうだけど、美緒さん、大丈夫かな……」


 派手好きで、遊び慣れていそうな美緒。果たして、健介となな、慧と一緒で楽しめるだろうか。


「慧君、私がどうかしたの?」


 突然だった。背後から掛けられた声に、慧は飛び上がりそうなほど驚いてしまった。


「美緒さん?」


「そんなに驚いてどうしたの? おトイレの帰りだけど? もう少しで授業始まるよ?」


 美緒は健介達を見ると、口元に笑みを浮かべ、ぺこりと頭を下げた。


「鹿島さん、お久しぶり」


 先ほどまで、美緒の事を訝しく思っていた夕貴だったが、本人を前にしたら満面の笑みを浮かべている。


「お久しぶり、茂木さん。みんなで盛り上がっていたみたいだけど、何を話していたの?」


 不思議そうに、美緒が小首を傾げる。


「えっと……それは……」


 言葉に詰まった慧は、助けを求めるように健介を見る。


 健介は、分かったとばかりに頷くと、「なあ」と美緒に声を掛けた。


「今度さ、俺たちでダブルデートしないかって話をしていたんだ」


「ダブルデート?」


 美緒は一瞬考えるような仕草をし、「日曜なら」と、事も無げに告げる。


「お? マジで!? だってよ、慧! 今度の日曜、ダブルデート行こうぜ!」


「ええ? 美緒さん、本当にいいの?」


「うん。私は問題ないけど? 慧君は、ダブルデートいや?」


 問われ、慧はブンブンと首を横に振る。


「まさか、僕は大丈夫だけど、美緒さん平気なの」


「なにが? 千本木さんとは、余り話したことないけど。これから、私もみんなと仲良くなりたいし」


 言って、美緒は夕貴を見る。


「茂木さんもくるんでしょう?」


 何気ない美緒の質問だったが、ピクリと夕貴のこめかみが引きつっている。


「ダブルデートだから、私が着いていったら邪魔でしょう?」


「あっ、そっか、ゴメン」


 声を低くし、呻くような夕貴の声に、美緒はあっけらかんと笑って済ませる。


「それじゃあ、慧君。私、先に行ってるから。日付と時間が決まったら教えてね」


 言いながら、美緒は慧の腕を触っていく。


 慧達は、長い髪を揺らしながら、颯爽と去って行く美緒を見送る。彼女が教室に入ったのを見計らい、夕貴が真っ先に口を開いた。


「なに!? あの女! 『あ、そっか』、だって! わざとらしく言ってさ!」


「このメンツであの流れなら、仕方ないだろうが。しかし、あれだな、鹿島に比べると、夕貴はスッポンだな」


「健介、失礼」


 そう言いながらも、ななの口元は緩んでいる。


「ちょっと健介、私は人ですらないわけ?」


「月だって人じゃないんだ。別にいいだろう。少しは、ななを見習って、女性らしく振る舞って見せろよ」


「私を見習われても。夕貴だって良いところ沢山あるし。鹿島さんにだって負けてないと思う」


「ほらね、ななだってそう言ってるし。まあ、鹿島は頭くるけど、三人で楽しんできてよ」


 夕貴はこちらを見る。


「やっぱり、少し心配だけどさ。お互いが好き同士なら、私は何も言わない」


「ありがとう、夕貴」


「良いよ。幼馴染みでしょう? 慧が幸せなら、私はそれで良いし」


「良い幼馴染みだな。お前も早くカレシ作れよ」


「分かってるって。今ね、バイトで狙っている人がいるの。少し年上だけど、格好良い人なんだ」


 そう言って、のろける夕貴。


 告白しては振られる。付き合ってはすぐに分かれる。尻軽、という訳では無いが、恋多き女性、それが茂木夕貴だ。外観は美緒に言うに及ばずだが、その明るく屈託のない性格から、男性からの人気は高い。


「ありがとう、夕貴。みんなで行ってくるよ」


 チャイムが鳴った。


「じゃあ、後で知らせるから」


 健介は教室に戻りながら行った。慧は夕貴とななに別れを告げると、自分も教室へ戻っていった。

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