2話
つまらない人間、自分でもよく分かっている。よく分かってはいるが、それはどうにもできない。頭で考えて行動できることではない。その場の感情、いわゆる、ノリ(・・)という奴で動けたら、どれほど気楽な人生だっただろう。
溜息をつく。
椅子を鳴らして背もたれを倒し、机に脚を掛けた。
鹿島美緒。彼女がどうして自分の事を好きになったのか、それは慧が考えても分からないことだ。戸惑うことは多い。実際、今日は勉強が手に付かない。だけど、この胸の高鳴りは、悪くはない。むしろ心地よい。
慧はスマホを手に取る。
無料通話アプリを立ち上げると、親友の田西健介に電話を掛けた。
数コールの後、健介は通話口に出た。
「なんだよ!」
いきなりの怒声。
「なんだよって、なに?」
「今、ゲームのイイ所だったんだよ! あ~、通信が切れちまったよ……」
「あ、そうだったか、悪いな、健介」
「あ~、まあいいや、所詮ゲームだしな。で? なんの用? 慧が電話なんて珍しいじゃん」
「うん、少し相談したいことがあってさ。時間、いいか?」
「相談? おう、なんだ? いくらでも付き合うぜ?」
健介の声音が代わる。姿勢を正したのが、電話越しにも伝わってきた。
「…………」
いざ、相談となると、なにから切り出したら良いのだろう。相談、と言うよりも、結果報告。こんなこと、相談するのは初めての事だし、そもそも、相談するような事なのかも分からない。何もかもが初めての経験。慧は、経験豊富な健介に何でも良いからアドバイスを貰いたかった。
「あのさ……!」
話しかけようとするが、次の言葉が出てこない。電話口の健介は、「お、おう、どうした?」と、緊張した声音でこちらの出方を待っている。
「ぼ、僕さ……」
慧は大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
「実はね、女性と付き合うことになった」
数瞬の沈黙。
その後、「え?」と、健介の素っ頓狂な声が聞こえた。
「え? 誰が誰と付き合うの?」
「だから、僕が付き合うの。相手は……」
慧は言い淀んだ。
「誰だよ? 相手は!」
「鹿島、美緒、さん……」
「か・し・ま、み・お? あの、鹿島美緒か?」
予想通りの反応だった。
健介は訝しがるように、もう一度確認してくる。
「お前と同じクラスの、あの鹿島美緒なんだな?」
「……うん」
「お前、あんなのがタイプだったのか?」
「違うよ、あ、イヤ、顔は好みだけどさ……。告白、されたんだよ」
「こくはく?」
これまで一番大きな声が聞こえてきた。いちいち大きなリアクションに、慧は笑いながら、ギシリとイスを鳴らした。
「不思議だよね、僕なんかが美緒さんに告白されるなんてさ」
「不思議、というか、不自然じゃね?」
「そうかな? もしかして、ドッキリとか?」
まさかとは思うが、その可能性は心の何処かにあった。先ほどは否定しようとしたが、やはり、心の何処かに引っかかっている。
「それを疑うよな~、あの鹿島だろう?」
健介の言葉に、慧の心は重くなる。
鹿島美緒。付き合いはなかったが、彼女の良くない噂は聞いている。
万引き、援助交際など、風の噂で聞こえてくる評判は、良いとは言えない。
しかし、慧は美緒を信じていた。今日、図書室で告白をしたときの美緒は、とてもそんなことをする女性には見えなかった。
根拠のない事だとは分かる。だけど、お人好しの慧は確かめもしないで噂だけを信じることはしなかった。誰が流したか分からない噂よりも、目の前にいる美緒を信じたかった。
「だけど、大丈夫だと思う。美緒さんは、そんな女性じゃないよ」
向こうから溜息が聞こえてきた。
「ま、良かったんじゃない? お前にも春が来てさ。俺だけ彼女がいたんじゃ、お前も形見が狭かったろう?」
「…………よく言うよ、僕に見せつけていたくせに」
「お前のケツを叩いてやったんだよ、速く彼女作れってな」
健介が笑う。
つられるように、慧も笑った。慧は健介に礼を言うと、電話を切った。
壁掛け時計を見ると、針は十二時を指そうとしていた。
慧はノートと参考書を片付けると、倒れ込むようにしてベッドに横になった。
スマホを手にし、電話帳を呼び出す。
「…………」
今日は話す時間も殆どなかったため、この電話帳に美緒の名前はまだない。
「…………明日が楽しみだな…………」
初めての経験、初めての体験、初めての気持ち。
全てが一緒くたになり、慧の体を駆け巡る。
その夜、目を閉じるが、なかなか寝付けなかった。
目を閉じると、瞼の裏に美緒が浮かび上がった。
彼女の声、唇、首筋、そして、全身が見えてくる。
結局、慧は寝付くまでに二回も、ヌいてしまった。
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