一章 Lie 偽り

1話

 佐藤慧は地味な人間だ。


 人生で大きな転機、節目があるとき、慧は自分を分析する。自分自身で自分を見るというのは、大変な作業だ。どうしても主観が入ってしまうからだ。


 控えめに言って、冴えない。悪く言ってしまえば、地味で根暗。根暗ではないと、慧自身は思うが、俯瞰した視線で自分の人生、友人達との立ち位置を考えると、やはり『根暗・オタク』ポジションに収まってしまうだろう。


 当然、高校二年まで彼女などいた事がない。好きだった女の子はいたが、彼女たちは皆クラスの人気者で、慧が近づいていけるような人たちではなかった。慧はいつも遠くから眺めているだけ。片思いのまま、その恋は終わっていた。


「それほど外観は悪くない」


 幼馴染みである田(た)西(にし)健(けん)介(すけ)は言うが、「はい、そうですか」と信じられるほど慧は自意識過剰ではなかった。外観だけで言うなら、男らしい、と言うよりも、女らしい。体の線は細く、顔も女性のようだ。健介と同じ幼馴染みの茂木(もてぎ)夕(ゆう)貴(き)が言うには、女装をすればすぐにでも彼氏ができる、との事だ。


 正直、もっと男らしくありたいと思っていた。喧嘩が強いでも、厳つい体でも構わない。兎に角、人目を惹く男らしさが欲しかった。


 そんな慧に、人生の転機が訪れた。


 告白されたのだ。それも、あの鹿島美緒にだ。


 あの、とは言ったが、悪い意味ではない。彼女は小学校の頃から慧と一緒の学校だったが、グループが違うため、話したことがなかった。


 慧の視線の中にいる鹿島美緒は、華やかだった。『可愛い』よりも『綺麗』が似合う女性。それが美緒だった。


 好きだった訳では無い。高校二年まで、同じクラスになった事がなかったから、時折見かけるだけの存在。お互い、名前を知っている程度の相手だった。慧は地味だが、美緒は違う。慧とは正反対だった。


 何処にいても人目を惹く。彼女に興味が無くても、ふとしたときに彼女を視界の中央に捉えてしまう。そんな魅力を秘めていた。


 そんな美緒が、突然、本当に突然、慧に告白をしてきた。


 呼び出されたとき、一体何をされるのかと思った。あまり言いたくないが、彼女の周りに居る男性達は、お世辞にも柄が良いとは言えなかったからだ。


 だが、向かった先に居たのは、美緒が一人だけ。彼女の告白に、慧は卒倒するほど驚いた。


 一瞬、何かの罰ゲームかと疑ったが、彼女の様子は真面目だった。


 一発OKだった。受験の事もあったが、慧に断る理由はなかった。


 美緒は微笑んでくれた。初めて、間近で見る美緒は、遠くで見るよりも綺麗だった。これまで、知り合い程度とした思っていなかった美緒が、突然身近に感じられた。美緒を女性として、恋人として意識した瞬間から、慧は彼女の虜になった。


 嬉しいという気持ちと一緒に、自分がこれほどまでに単純なのかと、驚いてしまった。


 なんだか、夢の中にいるよう感じだった。


 塾で勉強をしていても、どこか上の空。まるで、雲の上を歩いているかのように、この世界に現実感がなかった。でも、悪い気持ちではない。心がふわふわして、楽しい感じ。今まで感じたことのない気持ちに、慧自身が驚き、困惑していた。


 家に帰った慧は、机に腰を掛け、こうして自己分析を始めた。


 気持ちを落ち着け、状況を理解する。いつも、やってきたことだった。


 自分を分析する。


 どうして、美緒のような華やかな女性が、クラスでも目立たない慧の事を好きになったのか、それが分からなかった。だけど、それは慧がいくら考えても仕方のない事だ。答えは美緒の中。慧が考えた所で、それは夢想。ただの想像にしかすぎない。


 問題は、美緒の存在が慧の人生をどのように変えるか。自分は、どのようにして美緒に接したら良いかだ。


 これまで、慧の人生にはごく少数の友人と勉強だけしかなかった。趣味は人を豊にするが、慧の趣味はスマホゲームと、釣りくらいなものだろう。そのどちらも、美緒のイメージには合わない。


 美緒に自分を合わせる。簡単なようだが、実際は難しい。聡い慧は、後先考えずに楽しむことができない。今日、この瞬間だけを楽しむ、そういう刹那的な考えが難しいのだ。


 自分の行動がこの後どういう結果をもたらすのか。どんなときでも、慧はそれを考えてしまう。教室で馬鹿騒ぎをする生徒がいたとしても、一緒になって騒げない。他のクラスメイトに迷惑を掛けないか、学校の物品を壊したりはしないだろうか。そうした考えが先に浮かび、どうしても皆と一緒になれない。

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