3話

 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 生憎、今日の天気は良くなかった。立ち籠める黒い雲。ジメジメと蒸し暑く、吹き付ける風は大量の水蒸気を孕んでいる。天気予報では、夕方から夜半に掛けて大雨になる予報だった。


 放課後の第二図書室は思いの他静かだった。テスト直後と言うこともあり、人の気配はない。もっとも、進学校の森崎高校に図書室は三つあり、第一図書室が一番大きく、勉強スペースも広くとってある。第二、第三の図書室は狭く、所蔵も文芸書やミステリ小説などだ。要するに、勉強するには余り向かない図書室と言えた。


 美緒は緊張で顔を強ばらせていた。


 何度目かの咳払いの後、美緒は背筋を伸ばして正面に立つ青年と向き合った。


「あの……」


 美緒に見入られ、青年、佐藤慧はたじろぐように半歩後ろへ下がった。


(……少し、可愛いかも)


 顔は知っていたが、こうしてマジマジと正面から慧を見たことはなかった。


 スッとした目鼻立ち。色は白く、綺麗な肌をしている。黒曜石のように黒い瞳は澄んでおり、美緒のように穢れをその瞳に写していない。真ん中でわけられた髪は、揺れれば音を立てそうなほどサラサラしている。一言で言うならば、男らしくない。そのままスカートを履かせれば、女子高生で押し通せそうだ。


「あの、鹿島さん、どうかした?」


 落ち着かないように眼鏡のフレームを上げた慧は、緊張したように尋ねてくる。


「えっ、あ、あの、あの……さ……」


 恥ずかしい。告白することがこれほど恥ずかしいとは思っていなかった。初めて体を許したときも、これほど恥ずかしいとは思わなかった。服も着ているし、これは本気ではない、嘘の告白だ。それだというのに、この場から駆け出したいくらい恥ずかしい。


「うん、なに?」


 こちらの様子を見て、慧は小首を傾げる。


「あの、本当に迷惑だったら……その……断って良いから……」


「……うん」


 神妙な面持ちで慧は頷く。


 美緒は慧から目を反らした。慧の胸、森崎高校指定の緑色のネクタイを見つめる。


 ゆっくりと、ゆっくりと、息を吸い込み、胸に貯める。そして、言葉と一緒に息を吐き出す。


「好きです、付き合ってください」


 大きな声だった。自分でも信じられないくらい、大きな声を出してしまった。


 恥ずかしい。顔が赤くなるのが分かる。


「あの、えと……」


 慧が戸惑う。


 それもそうだろう。今まで話したこともない相手に、突然、なんの脈絡もなく告白されたのだ。慧でなくても戸惑うだろう。逆のことをされたら、美緒だったら間違いなく振っている。


「あの、僕……なんかで、いいの?」


 美緒は顔をあげた。


 同じように、顔を真っ赤にした慧は、恥ずかしそうに頬を人差し指で掻いていた。


「うん、佐藤君が、いいの……」


 慧はコクコクと頷く。


「あの、それじゃ、宜しくお願いします」


 頭を下げて、手を出してきた慧。思わず、美緒は握り返してしまった。


「こちらこそ、宜しくお願いします」


 美緒も頭を下げた。


 気まずい雰囲気だった。


 お互い、手を握り合ったまま向かい合っている。


 慧の手は温かかった。美緒の小さな手をスッポリと包み込む手は、やっぱり男の子のものだった。


「あの、鹿島さん」


「美緒で、私の事は美緒で良いよ」


「じゃ、僕の事は慧で」


「うん、慧君」


「早速で悪いんだけど、美緒さん。塾があって、すぐにバスの時間なんだ。今日は、先に帰るね、ゴメン」


 手を離し、頭を下げた慧。美緒は「気にしないで!」と、手を振る。


「じゃあ、また明日」


「勉強、頑張ってね」


 慧ははにかみながら、足早に図書室から出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る