プロローグ the main culprit 原罪

1話

 ◆◇◆◇ プロローグ the main culprit 原罪 ◆◇◆◇



「巫山戯ないで! 巫山戯ないで! いい加減にして!」


 声が聞こえてきた。


 お母さんの声。


 怒っている声。


「すまないと言っているだろう! 君がそんなだから、俺は――!」


 何かが割れる音がした。


 皿か何かが次々に割れる音。


 ただ事ではない。


 幼心に恐怖を感じながら、美緒はベッドから降りると、ソロソロと忍び足で階段を降りた。


「私を馬鹿にして! 私だって、働いているの! 子育てだって頑張っているのに! それなのに、あなたは! あなたは! あんな若い子と浮気して!」


「本気じゃない、ただの息抜きだ!」


「何が息抜きよ! セックスして、それでも息抜きだって言うの? 私だって女よ! 馬鹿にしないでよ!」


「君は、子供を産んで女じゃなくなった、母親になった――」


 また何かが割れる音。


 父が制止するが、それでも、母は止まらない。


「私が女じゃなくなったなら、私は何よ! 母親は、女じゃないっていうの? 私だって、まだセックスできるわよ! 若い子になんか、負けない!」


 セックス?


 知らない言葉。


 だけど、きっと重要な言葉。この言葉のせいで、二人は喧嘩している。


 美緒はリビングの前まで来ると、扉を少しだけ開けて中を覗き込んだ。


 床に散乱した皿の破片。


 リビングの中央に立ち、父と母は向かい合っていた。


 鬼のようだった。


 父も、母も、普段は美緒に見せることのない形相で向かい合っていた。


「何をしたってすぐに癇癪を起こす! 話にもならない、そんな君を、どうやって女としてみろって言うんだ? 俺は、俺は――――!」


「俺は? 俺はナニよ! 私をこうさせているのは、仕事しかしない、あなたが悪いんじゃない! ああ、ごめんなさい、仕事以外にも浮気をしていたわよね。子育てを私一人に押しつけて!」


「俺は、お前の奴隷じゃない! 奴隷じゃない! お前は、俺を一人の男として、人間として見ていないだろう!」


「どうやってあなたを男として見ろって言うのよ! 私は、あなたの家政婦じゃないのよ!」


 母が手にしたコップをリビングの床に叩きつけた。飛び散った破片が開いた扉から美緒の足元まで滑ってくる。


 キャッ……


 声を出してしまった。


 二人の視線がこちらを向く。


 すまなそうな表情の父。


 鬼のような、悪魔のような、醜い表情の母。


「もう嫌。私の人生は、私のものなの……。あなたの物でも、美緒の物でもない。みんな邪魔よ! 邪魔よ! みんな、居なくなってしまえばいい!」


「全員、私以外の家族、全員死んでしまえばいいのよ!」


 母の絶叫。母はリビングに座り込み、わっと泣いた。


 私も泣いた。


 分からなかった。


 母が何を言っているのか分からなかった。


 ただ、悲しかった。


 悲しかったから、涙が出た。


「美緒、すまない、すまないな……」


 優しい父。


 大好きなお父さん。


「パパ……」


 悲しそうな表情。


 それが、美緒が最期に見た父だった。

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