第7話 オーダーはショートソード
【前回のあらすじ】
やり手の商人・カミロというお得意様もできて、ますます順調なエイゾウ工房。
本気を出して作る〝特注モデル″は、あまりの性能の高さのため、「森を抜けて工房に辿り着けた人にのみ打つ」という条件をつけることにした。
そんなある日……。
次の日、朝の水汲くみと朝食を終えて、ショートソードとロングソードの製作に取り掛かっていると、手伝っていたサーミャが突然ピタリと手を止める。
「どうした?」
俺はサーミャに声をかける。サーミャがやや緊張して、
「誰か来た」
と工房の外に通じる方の扉を見た瞬間、その扉がドンドンドン! と叩かれる。
「カミロに言われて来た! 剣を打っていただきたい!」
俺はどっこいせと立ち上がり、扉を開けてやるべく、そっちに向かっていった。
「はいはい、今開けますよ」
俺は扉に向かって声をかける。すると扉を叩く音が止んだ。
大きくため息をつきつつ、閂を抜く。
サーミャが俺の後ろで昨日作ったショートソードを手にして警戒する。
ゆっくりと扉を開けると、旅装の女性がそこに立っていた。
短めで少し暴れがちな赤毛の髪は片方を三つ編みにしており、体は要所を金属(多分鋼だろう)で補強した傷だらけの革鎧で覆われている。
腰には道具袋と、ショートソードを背中に一本、腰に一本の計二本携えている。背中のは予備だろうか。
マントを羽織った背中には色々な道具が入っているのだろう背嚢を背負っていた。
背はずいぶんと高い。一八〇センチくらいあるかも知れない。
パッチリとした赤い瞳が輝く顔には刀傷があった。それが彼女の美しさを損なっている、と思う者もいるのだろうが、俺は気にならない。
「いらっしゃい」
多少面食らいながら俺が声をかけると、女性は破顔一笑して名乗る。
「アンタがカミロのところの武器を作ってるっていう職人か? アタイはヘレンってんだ」
「その通り。俺はこんなとこで鍛冶屋をやって、武器を作ってる変わり者のエイゾウだ。とりあえず入ってくれ」
「ああ。ありがとう」
作業場にあるスペースに案内し、置いてあるテーブルに向かい合わせに腰を下ろす。
サーミャは俺の後ろでずっと警戒を解いてない。多分大丈夫だろうとは思うが、俺はそのままにしておいた。
「とりあえず、ここまで一人で来たのは間違いないな?」
「ああ」
頷くヘレン。俺はチラッとサーミャを見る。サーミャも頷いた。俺も周囲に気配は感じない。
「途中、狼とかには襲われなかったか?」
「いや? ウサギみたいなのは見かけた。アレかわいいな」
うむ。確かにかわいいが、俺達昨日食ったな。
おそらく狼たちはヘレンが強いと判断したのだろう。
ヘレンは続ける。
「で、ここを見つけるのが大変だったけど、煙が見えたんで来れたんだよ」
ああ、鉄を吹いたときの煙を辿ったのか。
それでもここまで来るのは生半なことではないし、これは約束を果たしたと見ていいだろう。
「じゃあ、約束通り剣を打つが、どういうのがいいんだ?」
俺がそう言うと、ヘレンは腰と背中の剣を両方鞘ごと外してテーブルの上に置いた。
「アタイは今傭兵をしている。そこで使ってる得物がこの剣なんだけど、もっと頑丈なやつが欲しいんだ。戦場だとろくに手入れできないことも多いし、その状態でもちゃんと〝使える〞かどうかが生き死にを分ける」
「なるほど」
女性で傭兵かぁ。色々苦労も多いんだろうな。
どうしても顔の刀傷が一番目立つが、あちこちに大小様々な傷がついている。
「……この剣を見てもいいかい?」
「ああ。構わないよ」
俺は二本の剣を両方とも鞘から抜いて見てみた。
まだなんとか実用に耐えうる状態だし、いい作りをしている。
片方が若干傷みが進んでいるように見える。
「いい剣だ。打ったやつは良い腕してるよ。弟子に見せるのは?」
「別に構わないよ」
俺はリケの方を見た。リケは近寄ってきて、二本あるうちの片方を見る。
「いい腕です。これ以上の物が欲しいとなると、確かに親方に頼むしかないかも知れませんね。少なくとも私は親方しか思い浮かびません」
「ドワーフに言われるってことは、やっぱりアタイの見込んだ通りの腕ってことだね!」
リケの感想に乗っかって、ヘレンが言う。声がデカい。
うちは周りに何もないからどんだけ大声を出そうが関係ないが、耳鳴りがするかと思うくらいの大声だ。
戦場とかだと声が通らないのが致命的だったりするんだろうなぁ、とは思うがもうちょい遠慮してほしいもんである。
「そんで、どういう使い方をするんだ?」
「どうって?」
「いや、実戦でどう振るうのかを知りたい。打つときの参考にする」
「そうだなぁ……言葉では難しいから、実際に見せてもいいかい?」
「ああ」
ヘレンが先に外に出て、俺とサーミャ、リケが続く。作業場の扉を出た先は下生えもそんなになく、そこそこの広さになっているので、そこで構えたり、剣を振るったりしてもらう。
ヘレンは二刀流だった。
とは言っても、両方を同じように扱うというよりは、片方で牽制してもう片方で斬りつける、みたいな動きだ。
驚くほど動きが速い。あれだと牽制に使ってる方が早めにダメになるだろう。
傷みの差があんまりないのは、ローテーションしてるとかなんだろう。
「うーん……」
すごい速度で剣を振るっていたヘレンが動きを止めた。
「どうした?」
「相手がいないといまいち……。そうだ、アンタ相手してくれよ」
「俺か?」
「そう」
「サーミャ……こっちの獣人の子じゃダメなのか?」
「アンタのほうが強そうだから」
「ううむ」
どうしよう。チートがあるから、多分それなりには相手できるとは思うが……。
まぁいいか。見せてもらうだけだし、そんなに本気で打ち込んで来たりはしないだろう。それに、直に受けたほうが見えるものもあるかも知れない。
「よし、わかった。サーミャ、その剣貸してくれ」
「え、でも」
「大丈夫だよ」
俺がそう言うと、サーミャは渋々といった感じではあったが、持っていたショートソードを渡してくれた。
「よし、それじゃ始めるか。手加減してくれよ」
俺はそう言いながらショートソードを構える。
「そんなの、冗談……だろっ」
しかし、ヘレンがすごい速さで打ちかかってきた。
「うおっ!?」
俺はそれを受ける。だがしかし、それはただの牽制だ。もう片方がやはりすごい速さで襲いかかってくる。
俺は手首を返すようにしてそれを受けると、手首を戻す動きでヘレンに斬りかかる。
「おっと!」
ヘレンはそれを牽制の方の剣で受け、もう片方で俺の空いている胴を狙うが、剣が届く前に俺は一歩引いて間合いの外に出ている。
「アンタやるじゃん」
「いやいや、勘弁してくれよ……」
ニヤッと笑ってヘレンは先程にもまして速いスピードで打ちかかってくる。俺はそれを受け流す。
そういったことをおおよそ一五分ほど続けた。
「いやぁ、アンタ強いな!」
デカい声でヘレンがそう言って動きを止める。
「動きを見るだけだってのに、本気で打ちかかってくるなよな……」
「本当は最初の二〜三撃を寸止めで終わらせるつもりだったんだけど、〝
完全に戦闘民族脳である。勘弁してほしい。
「まぁ、今のでよく分かったよ。そうだな……二日後に完成させられそうだから、また三日後に来い」
「ん、今日は帰らなきゃダメか?」
「残って何するんだよ」
「休憩したらまた打ち合い」
「それじゃ俺が剣を打てないだろ!」
「あー。それもそうか」
「だろ?」
まったく、困ったお嬢さんだな。
しかし、これで大人しく帰るかと思ったら、意外なことを言ってきた。
「じゃあさ、作るところ見せてくれよ!」
ヘレンは朗らかな笑顔で提案してくる。
「いや、二日かかるって言っただろ?」
一方の俺は呆れ顔だ。
「じゃあ、泊めてくれよ」
彼女は食い下がってくる。
客間も含めた全ての部屋に寝具を運び込んだところではあるし、食料
も昨日買い込んできたところで、特に問題も発生しないだろう。
理由は聞かないが、何か見ておきたいことでもあるのかも知れない。
俺はサーミャとリケの二人を振り返った。二人ともそっと首を縦に振る。
軽いため息を一つついて、俺は言った。
「仕方ない。いいぞ」
「やった! そうこなくっちゃな!」
バシンと俺の肩を叩くヘレン。
名うての傭兵であることを、俺はその肩の痛みで再び思い知った。
早速ヘレンを客間に通す。
「こんなところにあるのに客用の部屋!?」
と驚いていたが、もっと驚いていたのはベッドである。
「こんな豪華なベッドまであんのか……」
客間用のベッドには宮をつけておいたから、そこらの宿屋のいい部屋でもそんなに見かけないような感じにはなっている。
こういうところにあるにしては随分と不釣り合いなものなのだろうが、まぁこれが我が家流のおもてなしというやつだ。大人しくもてなされて欲しい。
そして、無事ショートソードの特注品二本を受注とあいなったわけだが、今日今から作るのもなんなので、ヘレンに断ってカミロのところに卸す分の製作を優先することにした。
もちろん、これはサーミャにも手伝ってもらう。
多少納品する数は減るが、これまでに結構な数を卸してるから問題ない……はずだ。
それにヘレンを寄越こしたのはカミロだし(他にうちを知る者はいない)、文句はないだろう。今日できる限り集中して作業しておけば、最低限度は確保できる。
そうと決まれば、テキパキと型の作製と流し込みを済ませ、バリ取りをし、最後の仕上げを俺とリケがやる。
その間に、型の作製からバリ取りまでをサーミャにやっておいてもらうことにして、時間短縮だ。
みんなで黙々と作業をこなす。
サーミャもすっかり作業に慣れてきて、この調子なら、そのうちちゃんと鎚を持たせることも不可能ではないかも知れない。
この間、ヘレンには作業を見学してもらっていた。特にやることはなかったのだが、目の前で次々と剣が出来ていく様を見るのは割と楽しかったらしく、文句などを言うことはなかった。
この日はなんだかんだで結構な数のショートソードとロングソードができた。明日からはヘレンのショートソードに取り掛かることにしよう。
その日の夕食はちょっとだけ豪華にしておく。よくよく考えてみればうちで初めてのお客様だ。ちゃんとおもてなししないとな。
夕食の時の話で、この森についての話題が出た。
「やたらデカい鹿がいてビックリした」
「ああ、樹鹿か。あいつデカいよな」
恐らくはこの森でも有数の大きさを誇る獣だ。その分、襲われると非常に厄介な連中でもある。
「あとは、遠くの方だけど熊を見かけた」
その一言で、サーミャの気配が張り詰めた。ヘレンも傭兵の経験で気がついたのか、少し狼狽する。
「ど、どうした?」
「いや、彼女は熊に襲われて命を落としかけたことがあってね」
俺はそのときのことを簡単に説明する。
そう言えばこの話はリケにもしてなかったように思うが、リケは特に気にしたふうはない。
どっかのタイミングでサーミャから聞いてたかな。
「なるほどね……。装備が万全なら倒せたかも知れないのに」
ヘレンは真剣な顔で言ったが、俺は手を振ってそれを窘めた。
「あんまりそういう無茶をするもんじゃない。もう俺たちは知らない仲でもないんだ。万が一があって、その後お前を発見するのが俺たちだったら、目も当てられないだろ?」
それを聞いたヘレンはキョトンとした顔をしていたが、すぐに「わかった」と頷いた。
一夜明けて、朝の日課と朝食を終えたら、俺とリケは作業場へ移動する。
サーミャには薬草と果物の採集を頼んだ。今日手伝ってもらえることはあんまりないからな……。
ヘレンはと言うと、今日も見学を希望したのだが、完全に完成するのは明日だから、見学は明日に回して、今日のところはサーミャとこの辺りを回ってきたらどうだと提案すると、意外とあっさりそっちに乗ってきた。
森に興味も持っているのだろうが、身体を動かす方が性に合ってるんだろうな。
二人はサーミャが森を歩くときの注意事項を教えながら出て行った。
種族が違うのになんだか姉妹にも見えて微笑ましい。
サーミャが姉でヘレンが妹、そういう家族も面白いかも知れない。
「さて、じゃあ我が工房初の特注品、精魂込めてやらせて貰いますか」
俺はいつもより気合いを入れて腕まくりをする。
【書籍版】鍛冶屋ではじめる異世界スローライフ/たままる カドカワBOOKS公式 @kadokawabooks
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