第6話 弟子


【前回のあらすじ】

 手早く作ったものを〝一般モデル〞、そこそこの力で作ったものを〝高級モデル〞として売りさばくエイゾウ工房。

 その品質の良さがだんだん街の噂になっているようで……。




 そうして腹を満たし、〝一見さん〞にナイフが何本か売れたあと、

はやってきた。


 一見すると子供のようでもあるが、それにしてはやたら身体ががっしりしている女性がキョロキョロと何かを探してうろついている。

 それを見て、サーミャがボソリと俺に呟いた。


「ありゃドワーフだ。珍しいな」


「少ないのか?」


「この辺りじゃあ、あんまり見ないな。アタシも一回だけ森に来たやつを街道まで案内したことがあるけど、それっきりだ」


「そうなのか」


 レアな種族を見ることができているのか。これはちょっと嬉しいな。


 それにドワーフ。聞き覚えのある種族名だ。いるんだな……。

 この調子だとエルフもいそうだ。

 今度サーミャに見たことがないか、聞いてみよう。


 そのドワーフの女性は、販売台に残っていたナイフを見やると、慌ててこちらに向かってきた。


 顔を見ると、鼻はやや丸いかな? というくらいで、後はほとんど人間と変わらない。

 しかし、腕や脚周りがガッチリしている。前の世界で言うボディビルダーほどではないが、ジムできっちり鍛えている感じ、と言えば分かるだろうか。


「あ、あの!」


「はい。なんでしょう?」


 勢い込んで話しはじめる女性に、少し圧倒されながら応対する。


「衛兵隊の人のナイフを作ったのは、貴方ですか!?」


「ええ、そうですが……」


 サーミャが少し自分の位置を変えた。多分なにもないと思うが、ちゃんと護衛としての仕事をしようとしてくれているのが、なんだか少し嬉しい。


 女性はその様子に気がついたふうもなく続ける。


「このナイフは衛兵隊の人のものと同じですか?」


「ええ、そうです」


「見せてもらっても?」


「どうぞどうぞ」


 女性は鞘からナイフを抜いて、刀身や柄のつくりをじっと観察する。

 そして、しばらく観察したあと、言った。


「お宅で一番出来の良い商品を見せてもらえませんか?」


「え、まぁ、いいですけど」


 一番出来の良い商品か……。

 今見ているナイフも、そこらの鍛冶屋には負けない出来だと思うが、そのナイフを見て、「これ以上を見せろ」と言うことは、それがあることを確信しているのだろう。

 今あるのはたまたまと言えばそれまでだが、いずれ売ろうと思っていたものだし、見せることは構わない。


 俺は〝高級モデル〞のロングソードを腰から外して、女性に渡した。

 女性はやたら恭しい感じで受け取ると、そっと鞘から抜く。

 出てきた剣身は、そこそこの力の入れ具合とは言え、俺が見てもなかなかの出来だった。

 この辺りになってくると、そこらどころか、かなりの腕前の鍛冶屋でもなかなか出来ないだろう。もし売るとしたら、〝一般モデル〞の一〇倍取っても文句は出まい。


 女性はナイフのときよりも、かなり丹念にロングソードを観察し続けた。

 あまりに長い時間観察しているので、何をしているのかと興味を持った別の男に、ナイフ一本を売りつける時間の余裕もある(まいどあり)くらいだったのだ。

 その間も一心不乱に女性は剣を見続けていた。


 そして、流石にそろそろ返してもらおうかと思った頃、


「ありがとうございました。お返しします」


 ロングソードを鞘に収めて返してきた。


「どうも、ありがとうございます」


 と、俺がそれを受け取った瞬間、女性が俺に向けてずいっと動いた。


 サーミャがそれに反応して、俺の身体を後ろに引っ張りつつ、自分が前に出る。


 しかし、女性が取った姿勢は俺への攻撃ではなく、足を折り曲げ、地面に手をつき、頭を下げた姿――土下座だ。


 この世界って土下座あるのか!? と驚く俺を他所よそに、女性は自由市の真っ只中で、土下座姿のまま叫ぶ。


「私を弟子にしてください!」


 俺はしばらく、キョトンとすることしか出来ないのだった。


「か、顔を上げてください」


 俺は慌てて女性に声をかける。しかし、女性は動こうとしない。


「お願いします! 私を弟子に!」


 これはもしかして弟子にするまで、てこでも動かないというやつでは……。


 周囲にもなんだなんだと人が集まりつつある。俺はともかくこの女性と、何よりサーミャをあまり好奇の視線の中に置いておきたくない一心で言葉を絞り出した。


「とりあえず、店じまいをしてしまいますから、それから話を聞かせてください」


 それで女性はひとまず立ってくれた。


 すかさず、俺はバタバタと店じまいをする。衛兵が来る前に立ち去りたい。

 あんまり彼らに迷惑をかけたくないのだ。お得意さんだからな。


 俺がこれまでの最速タイムを叩き出して片付け、販売台を持ち、三人で返却場所へ向かおうとした瞬間、マリウス氏と出くわしてしまった。

 だが、やけにのんびりしているな……。


「おー、ドワーフのお嬢さん、ちゃんと会えたのか。良かった良かった」


「はい! おかげさまで!」


 にこやかに返事をするドワーフの女性。あぁ、マリウス氏が朝言ってたのは、この人のことか……。


「マリウスさん、別に朝言ってくれてても良かったのに」


 俺はマリウス氏にゆるく抗議する。


「いやまぁ、言ったところで結果は変わんないし、どうしようもなかっただろ?」


 それはそうなのだが、こう、こちらにも心の準備というものがあるのだ。


「それに普段仏頂面なアンタの、あんなに驚いた顔が見られたから、俺にとっては儲

けものだったな」


 やけにタイミングよく出てきたと思ったら、巡回かなにかにかこつけて遠くから見ていたらしい。


「酷いなぁ……」


「まぁ、許してくれや。ここらじゃあ、こういうことくらいしか楽しみがないんだよ」


「貸しにしておきますからね」


「了解いたしました!」


 最後はおどけて敬礼までするマリウス氏。悪い人じゃないとは思うのだが、こういうノリがちょっと苦手な部分はある。とにかく貸しにしたからな。




 マリウス氏にも別れを告げ、販売台を返し、新市街にある宿屋に来た。

 ご多分に漏れず、一階が酒場で二階が宿泊施設になっている。このドワーフの女性は、三日ほど前からここに逗留しているそうだ。


「私はリケ・モリッツといいます」


 と、女性は名乗った。デカいジョッキ――ガラス製ではなく、小型の樽に取っ手がついたようなもの――を抱えているが、頼んでたのエールじゃなくて葡萄の火酒ブランデーじゃなかったか?


「家名?」


 ボソリとサーミャが疑問を口にする。

 だが、


「あ、いえいえ、モリッツは家名ではなく、工房名です」


「工房名?」


 今度は俺が疑問を口にする番だった。

 サーミャは隣でエールをちびちび飲んでいる。


「ええ。ドワーフは基本的に、いくつかの家族で集まって工房を持ちます。そこで生まれたり、暮らしたりする人は、自分の名前以外に工房の名前を名乗るんですよ。私だとモリッツ工房のリケ、という意味です」


 部族とか、村の名前を名乗るようなものか。


「私の名前はエイゾウです。こっちはサーミャ」


 サーミャがちらっと俺を見た。多分〝タンヤ〞の方を名乗らなかったからだろう。

 別にリケさんには言ってもいいのだが、酒場では誰が何を聞いているか分からないからな。

 こっちの世界にある家名だったら、面倒なことになるし、わざわざそんな危険を冒すこともない。


「よろしく」


 ぶっきらぼうにサーミャが言う。


「こちらこそ、よろしくお願いします。エイゾウ、さん……北方の方なんですか?」


「ああ。出身はね。ちょっと色々あって、〝黒の森〞に住み着いて、そこで鍛冶屋を

しています」


「なるほどそれで……」


 俺の話を聞いて考え込むリケさん。


「どうかしましたか?」


「ああ、いえ、これだけの物が作れる鍛冶屋を、ここに来るまでに全く見なかったのはなぜか、と思ってましたもので」


「ああ……」


 俺はカップの中身をチビリと飲む。水で割ったワインで、そんなに美味くはない。

 ……見た目に反してアルコールに弱いのだ俺は。


 まぁ、普通は森の中に工房は作らないよな。

 もうちょっと川に近いところで、水車なんかで鎚を動かしたりするらしい。

 前の世界で鍛造するのに使う油圧式のハンマーとかが近いのかな。

 俺の場合は森の中に用意されてたから、問答無用だが。


「その辺の事情は深く追及しないでいてくれますと、助かります」


「そうですね。特に興味もないですし」


 あっさり言うな、リケさん。


「それで、弟子になりたいというのは?」


 俺は話の流れを軌道修正する。


「あ、はい。その話ですよね。ちょっと話すと長くなるんですけど」


 リケさんはジョッキの中身をグビリと飲んで、はぁっと息を吐く。


「私と弟達は工房を出て、研鑽を積むべく各地の工房を訪ねて回っていました。これはと思う工房があれば、そこで弟子入りさせてもらって、やがて元の工房に帰ってその技術を使い、新たな物を作りだし、再び弟子入りした工房に還元する。それがドワーフの生き方です」


 え、そんなのインストールにはなかったぞ。

 動物の細かい生態とかは入ってないから、こういうのも入ってないんだろうか。

 まぁ、そっちのほうが楽しみはあるが……。


「そんな、下手をしたら技術が流出するようなこと、みんな断らないのですか?」


「はい。ドワーフに弟子入りを願われるのは、普通、工房にとっては名誉なので。それにうまく行けば、自分の工房にもメリットがありますからね」


 だけど鍛冶屋でない普通の人間は知らないから、あの時、弟子入りの驚きより好奇って感じの視線だったんだな。

 壁内の鍛冶屋に見られてたら、やっかみを受ける可能性はあるってことか。

 さっさと立ち去ったのは正解……いや、マリウス氏が本当に見張っていたのは誰だ?

 まぁいい、この借りは別の形で返そう。


 リケさんは続ける。


「それで、三日ほど前この街に着いた時に、さっきお会いした衛兵さんが、ナイフを使っているのを見て思わず聞いてしまったんです。それを作った人に弟子入りしたいので、住んでいる場所を教えてください、と。その時はこの街の鍛冶屋だと思ってましたからね」


「ふむ、それが私のだったと」


「はい。ですが、名前も住んでる場所も知らないが、週に一度は自由市に来る。前に来たのがちょうど四日ほど前だったから、三日後くらいに来るんじゃないか、そう言われました」


「確かに今はそんな感じですね」


「それで弟たちを先に旅立たせて、今日はロングソードも見せていただきました。やっぱり弟子入りして、この技術を身に着けたいと、そう思っています」


「なるほど。……ん?」


 今、彼女は気になることを言ったな。


「弟さん達はもうここにはいないんですか?」


「ええ。彼らには彼らが向かうべき工房がありますので」


 ニッコリと微笑むリケさん。


「じゃあもし、ここで私が断ったら……」


「女の一人旅で、次の工房を探すことになりますね」


 いや、それは危ないにも程があるだろう。

 と言うかそれも見越して言ってるんだろうな……。

 ここは観念するか。我ながら甘々だとは思うが。


「……分かりました。弟子入りを認めます」


 俺が小さくため息をつきながらもそう言った途端、隣でサーミャも大きくため息をつく。すまんな。でも予想してただろ?


「いいんですか!?」


「はい。ただし、認めるための条件が四つあります」


「は、はい。なんでしょう?」


「一つめ、私は今回のリケさんみたいな、自分を犠牲にする覚悟で、というのは嫌いです。今後はやらないでください」


「はい」


 居住まいを正して、頷くリケさん。


「二つめ、うちには十分な部屋がありません。最初はその建築からになります」


「はい。モリッツ工房でも、家族に子供が生まれたりしたら、部屋の建て増しを工房のみんなでやっていたので、大丈夫です」


「三つめ、さっきとちょっと被りますが、鍛冶以外にもいろいろ手伝ってもらいます」


「はい。弟子入りってそういうことですので」


「四つめ」


「はい」


「敬語はやめにしよう。俺もリケって呼ぶから、リケもエイゾウって呼んでくれ」


「いえ、そういうわけにはいきません、親方!」


 それを聞いたサーミャがキョトンとしている。


「お、親方……」


「ええ、私は弟子なのですから、親方と呼んで敬意を表すのがスジです!」


 サーミャはとうとう堪えきれずに笑いだした。お前覚えとけよ。


 こうして、だいぶ先になるだろうと思っていた俺の弟子が出来たのだった。


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