第3話 猫を飼う……?


【ここまでのあらすじ】

 異世界に転生したエイゾウが手に入れたのは、鍛冶をはじめとしたものづくりの〝チート″と、この世界の知識を得る〝インストール″、そして森の中の一軒家。

 森を散策中、エイゾウは重傷で倒れていた獣人族の女性を見つける。

〝インストール″による医療知識で、彼女の治療を終えるが……。




 首元に不思議な感覚を覚えて、目が覚めた。いかん、完全に寝入っていた。


 あの子は大丈夫だろうかと目を開けると、当の本人が俺の首に片手をかけていた。


「まぁ、こうなる可能性も考えないではなかったが」


 俺は努めて冷静な声で言った。首にかけた手には力はこめられていない。

 本気で力を入れていたら、あえなく俺の二回目の人生は開始一日にして、寝入ったままあっさり終了していただろう。


「とりあえず、怪我は大丈夫か?」


 虎のような綺麗な黄色い目で、こちらを睨みつけている女の子に声をかける。


 その言葉が予想外だったのだろう、一瞬キョトンとした表情をしたが、すぐにまた表情を戻して言った。


「まだ結構痛むけど、まぁ、治りそうだ」


「そうか、それは良かった」


 俺は心底ホッとして微笑みながら言った。助けようと思って実際そうなったのだから、素直に嬉しい。


 すると、女の子は今度はキョトンとした顔のままで、


「お、おう……」


 と言った後、顔をそらす。

 この手を掴んで外すなら今がチャンスだろうが、それをしてこの子の機嫌を損ねるのは多分うまくない。


 彼女はパッと向きなおり、声にやや怒気をはらませて言う。


「アンタ……見たのか?」


 彼女の手に少し力が入っている。

 俺は最初よりも更に冷静になるよう心がけつつ答える。


「処置するのに必要だったからな。誓って言うが処置する以外では何一つ触れてないからな」


「本当だな?」


「ああ。嘘だったら、この首を喜んでくれてやるよ」


 彼女はしばらくじっと俺の目を見つめていたが、やがてフッと軽くため息をつくと、俺の首にかけた手をひっこめた。


「とりあえず、信用する」


「そうしてくれるとありがたい」


「嘘をついたときの人間の匂いがしなかったしな」


「そんなのが分かるのかお前!?」


「犬とか狼系の獣人とは違って、大きく心が動いたときだけな」


「へぇ……」


 処置した時にいらん気を起こしてあちこち触ったりしていたら、さっきのタイミングで嘘がバレてお陀仏だったということか。二日目にしてやたら綱渡りさせられている気がするぞ……。


 俺は寝室を漁って、自分の着替えを渡す。


「とりあえずこれを着ろ」


「アタシの服は?」


「血でベトベトだったし、処置するのに脱がせる必要があったから切った。もう一度着るのはやめておいた方が良いだろうな」


「……そうか」


「大事なものだったのなら、すまない」


「いや、そんなことはない。ただのボロさ」


 今更ではあるが、着る間後ろを向いておく。二人もいるのにしんとした部屋に、衣擦れの音だけが静かに響いた。


「ところで、アンタはこの家の持ち主だよな?」


 着替えた女の子が質問してきたので、俺は彼女の方を向いて答える。


「そうだ」


「こんなとこで何してんだ?」


「鍛冶屋だ」


「鍛冶屋?」


「ああ。……とは言っても、昨日ここに住み着いたばかりの新参者だが」


 いつから住んでいることにしようか迷ったが、ここは正直に話すことにする。彼女はこの辺りを知っている可能性が高い。迂闊なことを言って無意味に警戒させるのはまずかろう。


「こんな家、この森にあったかな……」


 しめた、彼女はここがどこか知っている。


「ん? 俺が昨日来たときにはあったぞ?」


 これ自体はほぼ事実だ。この家が突然湧いて出たことを除けば。


「まぁ〝黒の森〞のこっち側にはあんまり来たことないから、見落としてたのかも知れねーな」


〝黒の森〞か。インストールされた知識に該当があった。心の中でだけ拍手喝采だが、あまり大きく心を動かしすぎると、この子に勘付かれる。


 知識と地形を照らし合わせて、ここの大体の位置を把握する。なるほど、大体この辺か。


「ここは東の方だからな」


「ああ。アタシは北と西でねぐらを回してるから、あまりこっちには来ない」

 良かった、合ってた。詳細な位置までは分かってないが。


「たまに来たと思えば大黒熊に出くわして……後はアンタの見たとおりだよ。ヤツがアタシにとどめを刺さなかったのは、多分アンタが近づいてくるのがわかったからだろうな」


「なるほどね」


 そんなヤバいのもいるのか。

 多分、彼女はこの森でも弱い方ではない。虎の獣人とは言え、女一人でこの森をウロウロするということは、少なくともそれをしても問題ない、身を護る術を知って

いるということだ。


 だが、今は怪我も治りきっていないし、ここで放り出すのもなんだかモヤっとする。そこで俺は切り出した。


「それでと言っては何だが、一つお前に話がある」


「なんだ」


「怪我が治るまではしばらくかかるだろ?」


「ああ、多分な。アタシたちは人間よりはだいぶ頑丈に出来てるが、このくらいの怪我だと、まぁ二週間ほどは狩りとか探索は無理だ」



「じゃ、ここに住まないか?」


「はぁ?」


「別に何かあるわけじゃない。俺は越してきたばかりだし、これから先、鍛冶手伝いも欲しい。お前は怪我を治さなきゃだし、治ってもしばらくは〝慣らし〞がいるだろう?」


「まぁな」


「それに、多分ここにいたほうが暮らしは安定すると思うぞ。少なくとも雨風をしのげて、煮炊きにも困らん」


「なるほどな……」


 丸っこい耳をあちらこちらに忙しなく向けながら、彼女はじっと考え込む。

 虎っぽいので単純にずっと見てたいのもある、というのは言ったら滅茶苦茶

怒られそうなので言わない。


「わかった。怪我が治って、普通に動けるようになるまではここに住むよ。そっから先はそれから考える、ってのでどうだ?」


「おう、構わないぞ」


「じゃ、そういうことで、よろしくな!」


「おう!」


 こうして、俺の「猫を飼いたい」という願いは、「虎の獣人の女の子と一緒に暮らす」という予想外の形でおそらくは達成された。

 これで合ってるんだよな?

 俺は心の中でだけ、例のウォッチドッグに尋ねたが、もちろん答えは返ってこなかった。


「そう言えば、お前なんて名前なんだ?」


「サーミャ」


 この子はサーミャというのか。


「いい名前じゃないか」


「……」


「どうした?」


「可愛くてあんまり好きじゃない。もっと強そうな名前が良かった」


「……ゴンザレスとか?」


「ぶっ」


 噴き出すサーミャ。次の瞬間にはベッドにひっくり返って笑い転げている。


「あはははははは! なんだそれ!! あんた名付けのセンスないな!! あはははははは!!!!」


「うるせぇ。このセンスだけは親がくれなかったんだよ」


 憮然とした顔で俺は答え、サーミャは痛がっている。


 ネーミングセンスの無さだけは、前の世界で四〇年ちょい生きても全く改善されなかった弱点だ。

 ……諸々のついでに、このチートも一緒に貰えばよかったかも知れん。


 俺は立ち直ったサーミャに声をかける。


「まぁ、お前が気に入らないつっても、家族がくれた名前だろ。似合ってるよ」


「うっ、あ、ありがとう……」


 泣いたカラスがもう笑った、ならぬ、笑った虎がもう照れた、だな。


「さて、とりあえず水を汲んでくるか。少し家を離れるが、大丈夫か?」


「ああ……でもその前に」


「ん? なんだ?」


「アタシはアンタの名前を聞いてない」


「ああ。エイゾウ・タンヤだ」


 但箭英造たんやえいぞう。それが俺の名前だった。


「北方人みたいな名前だな。家名もあんのか」


「……まぁな」


 インストールの知識によれば、前の世界のアジア人に近い人間の種族は、東ではなく、北に住んでいるらしい。なので北方人という呼ばれ方をする。


「いや悪い、別に詮索するつもりじゃなかったんだ。ここらで家名まであるのはそんなにいないから、珍しくて」


「いや、いい。気にするな。こんな変なところで、鍛冶屋を始めようって理由は分かってもらえたみたいだしな」


 この世界でも、男で家名持ち│つまり貴族なり何なりの立場があるのに、わざわざ他所の地域に移り住むなんてこと自体が珍しい。


 ましてやこんな森の中で鍛冶屋である。滅多なことで選ぶような内容ではない。

 ほぼ隠遁みたいなもんだ。さすがにそれはサーミャも察したらしい。


「ああ。アンタも大変なんだなぁ」


「そうでもないさ」


 今のところはな。それは言わずにおく。


「だから、できれば名前だけで呼んでくれると助かる」


「ああ、そうするぜ。エイゾウ」


「ありがとうよ、サーミャ」

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