第4話 はじめての製作物
【前回のあらすじ】
怪我をした獣人の女の子・サーミャとしばらく一緒に暮らすことになったエイゾウ。
いよいよ初めての鍛冶仕事に取り掛かることになり……。
最初に作るものは何がいいかと考えて、小ぶりのナイフを作ることにする。
大物は時間がかかるし、何よりインストールの知識と技術を身体にどんどん馴染ませなければいけない。
そうなると小物でいろんなものをたくさん作ったほうがいいだろう、と思ったのだ。
「その前に、まずは魔法か」
かまどにそうしたように火床に魔法で火を入れる。その魔法に反応して、火床の底の方が赤く輝いた。おお、ものすごく魔法のアイテムっぽい。
この火床は魔法対応のもので、俺が着火の魔法を使うと木炭に火が回るまで温度を維持してくれる。
詳しい仕組みについてはよくわからないが、いちいち炭の火熾しをしなくて済むのは助かる。
火が回ってきたら、ふいごにも魔法を使う。力を体から追い出すイメージを作ると、手のひらから風が吹き出してくるのだ。
人を飛ばせるほどの突風は俺には出せないようだが、こうやって一瞬風を送り込むくらいのことはできる。
うちのふいごはその風を受けて維持してくれる機能があるのだ。これによって取っ手を押し引きして風を起こす必要がない。
そうやって炭に火を入れ、風を送り込んで鉄を入れた時に鍛造できる温度まで上げていく。
「予想はしていたけど、思ってたよりもあっついな」
鉄の色がはっきり変わってくるのは大体八〇〇度、曲げたりといった加工が可能になる温度はそれよりさらに高い。
そんな熱源が近くにあれば暑くなるのは当然ではある。だらだらと汗が垂れてきたので、俺は革のベストを脱いだ。その下に着ている麻の服は火花が散ったときの最低限の保護として着たままにしておく。
サービスなのかなんなのか、資材を置いておくところに、幅四センチ、厚みが一センチほどの鉄板があったので、やっとこで掴んで火床に突っ込む。
再びふいごを操作して、適切な温度まで上げる。ちょうどいい温度になったら取り出して、金槌で叩いて鍛造する。
この時にわかった。当たり前すぎる話だが、この時に筋力がいるのだ。
「なるほどね」
ニヤッと笑いながら、ナイフにしたい鉄板を叩いて形を作っていく。叩くたびにキラキラと光が散る。
前の世界の動画サイトで見た鍛冶の光景がそのまま目の前で、それも自分の手で展開されているのは純粋にテンションが上がってくるな。
全体としては日本刀の工程に近いが、今回はあれほど繊細に作業しない。
ちょうどいい形になったら、一旦冷めるまで置いておく。
冷やしている間に昼飯だ。
ゆっくりと昼飯を食べて、そのあとサーミャに近くに街がないか聞いてみる。
すると、彼女は滅多に行かないらしいが、ここから四半日ほどのところに街があるらしい。
日帰りは出来るだろうが完全に一日仕事になるな……。
再びサーミャを寝室に放り込んだら続きだ。
と言っても、工程はほぼ最後の方に近くなっている。
火床の火は完全には消えていないが、温度は下がりきっているので、木炭を足して再び上げる。木炭の確保も必要になってくるな。
日本刀だと、この工程では炎の色で温度を見極めるため、夜間にやるのだが、俺の場合はインストールにプラスして、鍛冶スキルを最大限にしてもらっている影響か、まだ日が高いが、温度がわかった。
適切な温度まで「ナイフのもと」の温度を上げたら、水に入れて急冷する。「焼き入れ」だ。今回は焼きを入れない部分は作らないので、土は塗ってない。
空焼きしたスキレットに水を入れたときのような、しかし、その音量を数倍に大きくしたようなジュウという音が作業場に派手に響く。手には冷えていくナイフの感覚が伝わってくる。
しばらく待ってから引き上げると、ほんのりと湯気を纏まとったナイフが現れた。
これで工程もいよいよ大詰めだな。
焼き入れしたナイフを砥石で研いで、この工房初の製作物である「ナイフ」が完成した。
特に実用を目指してはないので、指をガードするヒルトと呼ばれる部分は作ってない。ハンドルも板状の鉄むき出しだが、使う時になったら紐かなにか巻けばいいだろう。
今はとにかく、こいつが完成したことが重要なのだ。
とりあえず、切れ味を試してみなければ。実用を目指してはないとは言え、全く切れないのでは意味がない。
俺は麦藁の束を、割る前の薪の上に置いて、ナイフを振り下ろした。
スパッと麦藁の束が切れた。
……台の代わりにした薪ごと、である。
これは一体何が起きてるんだ……。
試しに作ったナイフで、試しに麦藁の束を切ったら、台にしてた木ごと切れた。
事実だけを端的に述べたらそうなるのだが、すこし、いやかなり受け入れがたい状況だ。
だって試作品だぞ。インストールの恩恵があるし、試作品でも初めて作るものだから、かなり真剣には作ったが、こんな魔法でもかかってるみたいな切れ味は、ちょっと求めてない。切れすぎて危ない。
もしかしたら、剣の才能かなんかのチートでも与えられたのかと思って、昨日サーミャの服を切るのに使ったナイフで同じことをしてみたが、藁束はきれいに切れるものの、さすがに台にしたものまで切れることはなかった。
つまり、この結果は剣(ナイフか?)の腕前もいくらかは関与してるかも知れないが、基本的にはナイフそのものの性能だ。
しかし、前の世界でも「牛刀をもって鶏を割く」って言葉があるが、このナイフはまさにそれだ。
肉を切ろうと思ったら、まな板まで切ってしまうような包丁を使いたい人は、あんまりいない。
ただ、このナイフは武器としてなら有能かも知れない。通常、ナイフは装甲を持たない相手には有効だが、革の腕甲でもつけられていたら、威力は大きく減じることになる。
だがこのナイフなら金属製はともかく、革製なら貫通も切断もできそうだ。
どのみち、これを売り物にするわけにはいかないな。幸い試作だからと小さく作ったし、俺の護身用にしよう。
さっき叩き切ってしまった木を、ナイフの厚みと同じ厚さに割って、ナイフの形を切り抜く。
ニカワを塗って板を両側に貼り、形を整え、抜けドメの革帯を、刀の鞘で言うところの
とりあえずこれで持ち運びはできる。
しかし、製作物が全てこのクオリティで出来上がってしまうと困るな。
俺は急いで今回作ったナイフと同じくらいの大きさの板金を三つ用意して、火床を準備する。
今からこの三つを鍛造するわけだが、今さっき作ったやつ以上に力を込めたもの、やや手を抜いたもの、完全に手を抜いたものの三つに作り分ける。大きさはほぼ同じにした。俺の護身用よりはちょっと大きい、前の世界で言うところのサバイバルナイフくらいの大きさになる。
(中略)
「サーミャ、すまんが、これ食い終わったらちょっと手伝ってくれ」
「いいけど、アタシは鍛冶のことはわかんないぞ」
「いいんだよ。俺じゃなきゃいいんだから」
「まぁ昨日一日横になって、今日はだいぶ調子もよくなったし、いいけど」
「それじゃ頼む」
これを頼んだのは、試し切りの結果に俺の剣術の腕前(のようなもの)を関与させないためだ。
これで一番力を入れたもので台まで切れるようなら、おそらくはナイフの性能、ということになる。
昼飯を食べ終わった後、二人で作業場に移動した。
「ここにあるナイフ三本の切れ味を、右から順に試してほしいんだ。こっちの台に藁束を置いて、それを切る」
「わかった。お安い御用だ」
サーミャは作業イス(ただの丸太を切ったものだが)に腰掛け、台の代わりの薪に藁束を置き、近くに置いておいたナイフ三本のうち、一番力を入れずに作ったものを取って振り上げると、勢いよく切りつけた。
パサッ、と音がして、藁束は切れた。だが、ナイフの刃は薪にはほとんど食い込んでいない。藁束だけを切っている。
「すげぇなこのナイフ。エイゾウって腕がいいんだな」
「ありがとうよ。じゃあ次だ」
「おう」
サーミャは気が乗ってきたのか、ウキウキと次のナイフを手に取って、先ほどと同じように切りつける。今手にしているのは三つのうちの中間の出来のやつだ。
再びパサッと音がして、藁束が切れた。ナイフの刃が結構薪に食い込んでいる。だが、薪ごと切れてしまう、というようなことはない。
「ふーむ、切れ味はこの程度か」
「いや何言ってんだよエイゾウ! めちゃくちゃ切れるじゃねーかこのナイフ! すげぇな!!」
サーミャは大興奮だが、俺は安堵半分だった。
つまり恐らくは、かなり真剣に製作しなければ、この程度で済む。
切れ味を褒められていること自体は俺にとって大変に嬉しいことは間違いないのだが、サーミャが感知できないほどに冷静でもある。
「まぁまぁ。じゃあ最後だ」
「お、おう、わかった」
至って冷静な俺に面食らいながら、サーミャは最後の一本、今回の真打ちと言えるナイフを手にとって、切りつける。
音はパサッではなかった。音がしなかったのだ。しかし、サーミャの持ったナイフは、薪の中ほどまで食い込んでいる。
「?」
あまりの事態に、サーミャはついてこられていないようだ。
「腕引いてみろ」
「お、おう……」
そうしてサーミャが腕を引いた途端、まるで漫画かアニメのように、ズルッと藁束と薪が切れた。
「え、え、なんだこれ」
サーミャが慌てている。
「落ち着け、その状態で慌てると、めちゃくちゃ危ないぞ」
俺がサーミャに声をかけると、サーミャはこっちを見て、
「あ、そ、そうだな。ごめん」
と、少し落ち着きを取り戻した。
「いや、いいんだ。説明してなかった俺が悪い」
そりゃこんなことが、突然目の前で起きたらビビるよな。俺だってビビる。俺は予想してたから、そうでもないだけだ。
しかし、これで確定した。俺に与えられたチートで最優先の鍛冶屋の能力は、とんでもない性能のものを作れる、というチートである。
「しかし、こりゃ三本目は普通の売り物に出来ないな」
俺の言葉に、サーミャが驚いた顔で言った。
「え? そうなのか?」
「刃物の取り扱いを十分に知ってるやつならともかく、そうでないやつが、この切れ味のものを使ったら危なすぎるだろ? 家の母ちゃんが料理に使おうとしたら、指ごと切り落としちまう」
と俺は答えた。
この辺りの一般のご家庭にまな板はない。手に持った食材をそぎ切りにするよう
な感じで切るのが普通だ。北方に行けば、まな板もあるんだろうが。
「あー、そうかぁ……」
がっくりした様子のサーミャ。
「まぁ、ちゃんと刃物の扱いがわかってるやつになら、売ってもいいけどな」
「おっ、やったぜ」
「ん? なんだ? 欲しいのか?」
「お、おう。狩りして捌く時に、これくらい切れ味がよかったら楽だなぁって」
「じゃあ、やるよ」
俺には前のがあるし、このまま持ち主を待つのはかわいそうだし、何よりサーミャは知らないやつでもない。
「いいのか!?」
「おう、かまわんぞ。普通に売れるものの合間に鞘作るから、ちょっと時間をもらうけどな」
「それこそかまわないぜ。これだけの物をもらうんだから、そこで駄々こねても仕方がねぇし」
「じゃあ、しばらく待っててくれ」
「おう!」
なんかちょっと餌付けしてる感じになってきた。いや、住まわせてるから、実質餌付けしてるようなもんか。
とりあえず、これで作るべきものの方向性は決まった。
あまり凄いものは作らずに、そこそこのものを作りつつ、翌々日くらい仕上げで修理も受け付ける、ということにしよう。
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