【happyEND】君は蜃気楼の中
確かにあの古本屋のお姉さんの声が聞こえた気がした。だけど振り向いたらそこには誰も居なかった。俺のいつもの部屋。
「あれ?確かに今、声が...」
気のせいかと思い再び本に視線を落とす。
「あれ?こんなのあったっけ?」
本には
「
たしかこの辺にお寺があったはずだけどこんな名前だったかは覚えてない。俺はそっと本を閉じるとベッドに寝転がった。
「はぁ~」
思わず漏れるため息。正直言ってこんな体験怖すぎる。さっき聞こえた...かもしれない声も含め恐怖体験だったとは思う。だけど、なぜか俺はあのお姉さんの笑みが忘れられない。あのお姉さんが怖いとは思わない。どちらかというともっとあのお姉さんのことが知りたいし何かできないかとさえ思っていた。
「法禅寺って近くかなぁ」
あのお姉さんは何で俺の前に現れたんだろう。伝えたいことがったのな。それとも恨みを誰にでもいいから晴らしたかっただけなのか。なんで俺にこの本を貸してくれたんだろう。色々なことを考えているといつの間にか寝てしまっていた。次の日、目が覚めた俺はばあちゃんにお寺のことをきいてみた。
「法禅寺かい?それなら
「ありがとばあちゃん」
「きぃつけていくんじゃぞ」
「分かってる」
そして俺はショルダーバッグを肩に掛けばあちゃんに教えてもらった通りに心安公園に向かいそれから近くにある階段まで行った。
「あったな。こんな階段。よく自転車でここを通ってたっけ」
俺はどこまでも伸びていそうな階段を見上げながら想い出に浸るように呟く。あまりにも長い階段なためあまり上りたくはないが俺はそんな弱気な自分を黙らせ1歩を踏み出した。あの天にまで続きそうな階段は伊達ではなく運動部の俺でさえ上りきる時には息が切れていた。
「はぁはぁ。疲れた。部活のトレーニンーグみたい」
とりあえず何度か深呼吸して呼吸を整える。さすがは普段から鍛えているだけのことはある俺の肺。すぐに呼吸は整った。
「これが法禅寺か」
それはどこにでもある普通のお寺。
「すみませーん」
俺は入り口に行くと大き目な声で誰かいないか探る。すると奥の方から足音が近づいて来た。
「はいはい」
やってきたのは恐らく住職さん。
「なんでしょうか?」
「あのー」
ここで俺はどう聞こうか一瞬迷った。だが正直に直球で訊くことにした。
「白川春奈さんってご存知ですか?」
「白川...春奈さん」
住職さんは腕を組み記憶を探っているようすだった。知らなそうな雰囲気は出ていた。
「あっ!もしかして、古本屋の娘さんですか?」
「はい。多分そうだと思います」
やはりあのお姉さんの名前だったんだ。
「君、ご家族か何かですか?」
「いえ、そう言う訳じゃないんですけど...」
幽霊になった白川春奈さんに会ったなどとは言えない。いやでも、住職さんなら笑わないで聞いてくれるかも。
「そうですか...」
なぜか住職さんは悲し気な表情を浮かべていた。
「あの方のはこちらです」
住職さんは履物を履くと外に出た。そして住職さんについていくと裏手にある墓地に入り、ひとつのお墓の前で立ち止まった。手入れのされた墓石に刻まれていた名前は『白川春奈』。お墓という亡くなった証明を目の前にし俺は現実を突きつけられたような気がした。
「ここは身寄りのない方々のお墓なんです。出来る範囲だけどそういう方々のお墓を作ってあげて毎日手入れしているんです。無縁墓地も可哀想ですから。彼女もその一人。ご家族も見つからなくて私がここに埋葬させてもらいました」
「春奈さんとは面識はあったんですか?」
「いえ。ですがこの町でしかもあんなことがあって自ら命を絶ってしまった彼女にはせめて安らかに眠ってほしかったもので。あなたも彼女を知っているなら手でも合わせてあげてください」
そう言い残すと住職さんは戻って行った。俺は墓石の文字に目を落とす。
「白川春奈さん。名前も初めて知ったな。俺はあなたを何も知らない。だからどんな思いで命を絶ったのかも、なんで俺の前に現れたのかもわからない」
俺は手を伸ばし墓石に刻まれた名前に触れる。
「俺に何を望んでいるんですか?」
だが返事はない。たった一度あっただけのちょっと話しただけのお姉さん。たったそれだけの関係なのになぜかこのまま忘れたらダメな気がする。何か俺に訴えている気がする。
「惚れちゃったからそう思ってるだけなのか?」
そんなことを呟いていると、ふと、あることに気が付いた。
「たしかあの本の主人公も白川春奈だったような...」
俺はバッグから本を取り出し開いた。そこには白川春奈の文字が確かにあった。
「これってもしかして..。お姉さんの人生?」
そう考えた時、古本屋で出会ったおばあさんの言葉を思い出す。
「悪い男に騙されて借金まみれ、そして最後は自殺...。同じだ」
俺の頭には自然にあのお姉さん、春奈さんを思い出した。
「自殺の方法は首つりって書いてあるけど、もしかしてあのチョーカーの下には跡があったのか?それにもしこの本が春奈さんの人生だとしたらこの終わり方も自然なのかもしれない」
俺は最後の文字を指でなぞる。
『息が出来ず苦しい...だけどもう終わるって考えたら気持ちは楽。もっとこの本屋さんで色々な人や本と出会いたかった。バイバイ、私のお店。私の宝物。あぁ...意識が遠の..いていく。これでもう...』
「春奈さんただ本が好きで自分のお店を持ちたかっただけだったのかな」
本を閉じ再び墓石を見る。
「男への復讐。あのお店をどうにかしてほしい。どちらにせよ中坊の俺にはどうしようもないよな」
どれだけ何かしたくてもしょせんは中坊の俺にできることなんてそう多くない。
「せめて毎日は無理でも週1ぐらいはここに来ることぐらいしかできないのか」
初めは春奈さんのためなら何でもやってやるって思ってたけど現実は何もできない。所詮気持ちだけで何の力にもなれない自分に俺はガッカリした。
「それにあなたを追いかけてもこの手が届くことはないのか。いやぁ、諦められっかなぁ。でもずっと好きでい続けたら俺一生彼女出来ないしなぁ」
そんなことを呟いていると住職さんが水桶とお花を持ってきた。
「よければ水でもかけてあげてください。毎日暑いですから少しでも涼んでいただきたいので」
住職さんから水桶を受け取ると水を墓石にかけた。そのあと、住職さんがお花をを取り替える。そして俺たちは手を合わせた。
「彼女のために何かできることってないんですかね」
「どうですかね。実際問題、彼女自身が何を望んでいるか私達には知る術がありませんからね。ですから、私達にできることは彼女を忘れずたまにはこうやって手を合わせることぐらいです。ですがそれが彼女のためになっているかどうかは分かりません」
「無力ですね」
「そうですね。ですから大切な人には生きているうちに感謝を伝えたり何かしてあげたりするべきですよ。あなたも少し恥ずかしいとは思いますがまずはご両親に日頃の感謝を伝えてみてはどうですか?」
「そうします」
「それでは私はこれで。いつでもお参りにいらしてください」
「はい。ありがとうございます」
住職さんは水桶などを持って戻って行った。それからもう少しの間だけそこにいた。そのあとは真っすぐ家に帰った。そしてバッグを机に置きベッドに倒れるように寝転ぶ。
「はぁー。なんか俺だっせーな。結局何にもできないじゃん」
最初は何かできるし絶対してやるって思ってたけど実際にお墓を目の前にして感感じた。俺には何もできない。せめて彼女が大事にしてたあのお店をどうにかしてやりたいけど今の俺がどうこうできることではないことは分かってる。だけどそんなことで諦めてしまう自分に無性に腹が立つ。
「くっそー」
それから最低でも週に1回はお墓参りをした。だけど今まで以上に勉強に力を入れ有名大学に見事合格し地元を出てからはその回数も減った。だけど帰省した時は必ず訪れていた。それから時が経ち俺も立派な社会人として生活していた。その頃には働いて働いて帰省も全然してなかった。そして30手前の時、会社を辞め帰省した。結構いい企業だった会社を辞めた理由は2つ。
1つは昔と変わらず白川春奈さんの為に何かしたいという気持ちがあったこと。確かに彼女の事は好きだったけどもうその辺の気持ちの整理はついたし今までも何人かの素敵な女性とお付き合いしていた。
もう1つはあの古本屋が売りに出されているのを見つけたこと。立地も悪い場所だったから格安だった。即購入した。
もちろんそれは色々な人に反対された。こんな場所で儲けは出ないと。俺だってそれなりに勉強してきたしそれは分かってる。だからこのお店と合わせてネットを使い仕事をすることにした。これで恐らくやっていけるだろう。そして今、あの本屋の前に立っている。
「やっと。あなたのために。いや、もしかしたらこれは俺のただの自己満かもしれない」
そう呟きながら俺は握った鍵でお店の戸を開けた。中は埃がすごい。思わず咳き込む。
「まずは掃除だな」
白川春奈という1人の女性の物語が綴られた1冊の小説。それを読んで以来俺は、本を読むようになった本の楽しさが素晴らしさに気が付いた。だからこれはお礼でもある。たった1度会っただけの少し話しただけの女性に惚れて彼女のために古本屋を買う。バカだな。多分友達にそんな話されたらそう言うだろうし、止めると思う。だけど人が人を好きになるなんてそんなものだろう。とりあえず今言えることは俺が落ちた恋はあまりに深くそして美しかった。
「もしよければ生まれ変わったら来店してください」
そして順調に準備を進め無事開店することが出来た。まぁ思った通りお客は全然来ない。そんなある日、俺はレジカウンターに座り暇をしていた。
「久しぶりにあの本読もうかな」
それはあの日この場所で借りた本。
「あれ?こんな題名だっけ?」
本の表紙には『幸福な女』と書かれていた。
「まぁいいか」
そして本を開き6回目となる読書を始めた。すっかり読むスピードも速くなったこともありあっという間に読み終えたが、なぜか終わりが違っていた。
『あぁ...意識が遠の..いていく。これでもう...。―――私は死んだ。だけど誰にも覚えてもらえてないっていうのは本当に消えてしまったみたいで寂しい。私の宝物であるこのお店が無くなっちゃうのは寂しい。そんなことを思っていたら汗だくの男の子と出会った。私はその子に私という不幸な女の人生が綴られた本を渡した。少しでも覚えていてほしくて。だけどその子はそれから毎週私のところに来てくれた。嬉しい。かと思ったらある日を境にその回数も減った。そしてついにその子は来なくなった。寂しい。そしてそれから何年か経った頃、再び男の子がやってきた。私のことを忘れていたわけじゃなかった。それどころかあのお店を買ったと嬉しそうに言っていた。その表情を見て私は分かった。この子は私を忘れない。あのお店もなくならない。それが分かった途端、なぜだか温かな光に包まれたような気分になった。ありがとう。感謝の気持ちが溢れる。私は不幸なんかじゃない。こんなに素敵な人に出会えたのだから。きっと誰よりも幸福だ』
そして最後の白紙のぺージに書かれていた文字は変っていた。
『ありがとう』
君は蜃気楼の中 佐武ろく @satake_roku
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