君は蜃気楼の中

佐武ろく

【ホラーEND】君は蜃気楼の中

歩いているだけで汗が溢れてくる昼過ぎ。セミのうるさい声の中、部活を終えた俺は帰路についていた。部活で疲れた体にとってこの灼熱は1歩1歩がまさに地獄旅行。



「アイス食べたいなぁ」




体は甘さと冷たさを兼ね備えた食べ物を欲していた。だがこの近くにお店はなく家まで我慢しなければならない。だがだが姉に食べられているという懸念もありできれば買って食べたかった。そんなことを考えながら歩いていると1つの路地の前で自然と足が止まる。



「こんな道あったっけ?」




いつも通っているはずなのに初めて見る細い路地。いや、ただ意識してなかったから気が付かなかっただけかもしれない。だけど気が付いてしまったからには今後も目に入ってしまうだろう。今、先に何があるのか見に行かなければ。正直、明日でもいいが一度気になったらずっと考えてしまう性格が俺を急かす。



「行くか」




少し格好をつけそう意気込むと路地に足を進めた。とはいいつつもちょっと路地を進み先をチラッと見るだけだからそんな意気込むほどのことではない。そんなことを思いつつも路地を進むと少し拓けた空地のような場所に出た。



「まじで?」




俺は自分の目に映ったものを疑った。そこにあったのは古本屋。書店をひらくにあたっての立地などよく分からない俺でさえこの場所に建ててはいけないということは分かる。だけどその古本屋はそこに建っていた。そして少しの間固まってしまった体を俺は動かしその古本屋へ足を進めた。正直に言おう。こんなところに店を構えた店主の顔を拝んでやろうという少し見下した気持ちでその店に向かった。閉まったガラス戸から見える店内は3つほどしか本棚がなく狭い。しかも見た限りは小説しか並べられていなかった。



「漫画とかはなさそうだ」




ずっとここから眺めているわけにもいかないからとりあえず戸をゆっくり開け中に入った。



「あつっ!」




店内はクーラーが機能してないのか外と変わらず暑い。日陰な分少しマシといった程度。そして少し埃っぽく外から見た通り狭い。それとそこまで小説に詳しいわけではないが多分新しい作品がない気がする。



「誰も居ないのか?」




全く人気を感じない上に戸を開けても店長の声が聞こえない。きれいに並べられた本を見ながら同時に店内を見ていく。そして本棚を通り過ぎようとした時、壁際の本棚に見覚えのある小説を見つけた。



「あっ!これ剛志が楽しいって言ってたやつ」




小説を取り出し裏表紙を眺め、すぐ棚に戻した。そして最後の本棚の通路へ視線を向ける。だけど俺は思わず立ち止まった。多分、目を見開いて口を半開きにしてたと思う。視線の先にはレジがあった。まぁそれはいい予想通り店の右奥にレジがあっただけ。しかしだ。問題はそこに座っていた店長。俺は勝手におじさん店長を想像していた。


だけどそこに座り本を読んでいたのは、美人なお姉さんだった。艶のある長い黒髪に男の俺でも一目で分かるほどきめ細かい白い肌。首には太目のチョーカーを付けていた。少し似合わないと思うがそもそも俺にファッションセンスがないだけかもしれない。とにかくその綺麗な顔立ちの横顔を見た瞬間、俺は恋に落ちた。それは確かな感覚で初めてこの感覚を味わった人が『落ちた』という表現をした理由が分かる。俺がすっかり見惚れているとお姉さんは視線に気が付き顔を上げた。



「あっ。いらっしゃい」




多分、話しかけられなければ永久に眺めていただろう。だけどその聞いているだけで胸を締め付ける美声に何か返事をしなければと我に返った。ちなみにいうとこの美声にかかれば『いらっしゃい』という業務的な言葉でさえ好きな人に下の名前で呼ばれたような気持ちにさせてくれる。



「ど、どうも」




動揺を隠しきれず変な感じで返してしまった。変な奴って思われてないかそれが気がかり。



「何か探してるの?」

「い、いえ。ただここんなところに本屋があったんだなぁと思って」

「少し奥にあるからね」




そう言いながらニッコリと笑うお姉さんを見て俺はあることに気が付いた。全く汗をかいてない。



「ん?なに?」




こんな暑いのにも関わらず1滴も汗をかいていないことは灼熱地獄から来た俺にとっては信じられないこと。そのせいで思わず見つめてしまった。まぁ彼女が美人過ぎるということもあるが。



「暑くないんですか?」

「私ずっとここで座ってたからかな。そうでもないや。君は暑そうだね」

「外ってすっごい暑かったから」

「ごめんね。ここクーラー付いてなくて」

「いえ。全然大丈夫です」




そして恐ろしい時間が訪れてしまった。それは沈黙。会話が途切れてしまったのだ。笑みを浮かべたお姉さんがこっちを見ているというこの状況は嫌ではない。むしろ嬉しいだけど正直言って気まずい。クソっ。もっと俺にコミニケション能力があれば。このままでは退屈な奴だと思われてしまうかもしれない。何か、何か話題を探せ。俺は頭をフル回転させた。



「そ、その本おもしろいですか?」




咄嗟に俺はお姉さんの片手が持っていた本を指差した。お姉さんは指から出る見えない線を目で辿り手元の本に行きつく。



「これ?」




そして本を上げて見せた。



「はい」

「楽しいよ。私は6回読んじゃった」

「そうなんですね。俺も読んでみようかなぁ。売ってますか?」




小説なんで普段読まないくせに俺。



「君も本読むんだね。何だか漫画が好きそうだけど」

「読みますよ。大好きです」




調子いい奴め。漫画でたまにある説明文でさえ読むのめんどくさがるくせに。



「最近はどんなの読んだの?」

「えーっと..。さ、佐武ろくとかですかねぇ~」




さっき店内を見ている時にたまたま見た名前だけど思い出せてよかった。



「ならこれも気に入るかもね」




するとお姉さんは手招きをした。当然俺は近づきレジを挟んで立った。



「はい」




お姉さんはそう言うと持っていた本を差し出した。俺はあまり意味が理解できてなかった。



「これ貸してあげる」

「え?でも...」

「もし面白かったら買ってあげてね」




もしや俺が普段小説を読まないことがバレてしまったのか?でもここで借りればまた会いにくる口実が出来る。なら答えはひとつ!



「じゃあお言葉にあまえて」




俺はカウンターに置かれた本に手を伸ばした。すると柔らかで冷たいお姉さんの手が俺の手を本と挟み込む。思わぬことにドキッとしてしまう。



「あまり乱暴に扱わないであげてね」

「もちろんだす」




ヤバい。やってしまった。まだ残っている手が触れた時の動揺で噛んでしまった。絶対笑ってるよ。



「よろしくね」




だけどお姉さんは何事もなかったようにしていた。きっと気づかないふりをしてくれてるんだろう。ますます好きになってしまう。それから少し話をしてから俺は家に帰った。



「必ず返しに来てね。来なかったら取りに行っちゃうかも」




店から出る俺にお姉さんはそう言った。それもいい。と思ったがそれは心の中だけに留めておいた。腹が減ってなければもう少しいたかったが、食欲は強い仕方ない。そしてその日の夜、寝る準備を済ませベッドに寝転がりながらあの本を開く。



「『不幸な女』すごい題名」




本はあまり分厚くなかったこともあって俺でも最後まで読めた。その内容は、主人公の女性が長年の夢だった本屋を開いたけど愛していた男性に裏切られ借金を背負わされ最後は本屋で自殺してしまうというもの。



「え?これで終わり?バッドエンドじゃん」




後味が悪すぎる。でもあのお姉さんがお気に入りって言ってたからなぁ。



「あっ!そうかきっと下巻があるんだ。だからまずはこれを読ませて続きを気にならせた俺に下巻を買ってもらうということか。あのお姉さん商売上手だなぁ」




当然、ここまできたら最後まで読み切りたいと思った俺は明日、本を返しながら下巻を買いに行こうと決めた。



「わざと忘れてまた次の日に会いに行く口実にするか?いや、借りた物はちゃんと返そう」




そして俺は次の日の部活終わりにあの古本屋に向かった。だけど、



「閉まってる」




定休日かな?なら仕方ない。また明日こよう。そして次の日。



「また閉まってる」




2日連続休みたくなる日もあるあるまた明日こよう。だがしかし。それから1週間ずっと古本屋は閉まっていた。



「あれっ?どうしたんだろう」




少し心配だ。もしかしたらお姉さんに何かあったのかも。



「おやおや。こんなところでなにしとるんだい?」




若いとは言えない声に振り返るとそこには数本の花を持ったおばあちゃんが立っていた。



「ここの古本屋さん最近開いてないですけど、どうしたんですか?」




もしかしたらこのおばあさんが何か知ってるかもしれない。



「ここは数年前から閉店してるよ」

「え?」




このおばあさんはボケているのか?本気でそう思った。だって1週間前俺はここであのお姉さんと出会ったのだから。するとおばあさんは歩みを進め店の前にお花を置いた。



「ここの店主はそれはべっぴんさんだったんだけどねぇ。悪い男に騙されて借金を背負わされたんだ。お店の方もあんまりだったらしくてそのうち首が回らなくなってしまってついには自ら命を絶ってしまったんじゃ。可哀想に」




衝撃過ぎて言葉も出なかった。俺が固まっている間、おばあさんは目を瞑り両手に刻まれた皺を合わせ祈っていた。



「これも何かの縁じゃ。お前さんもたまには祈りに来てやってくれ」




顔を上げたおばあさんは俺の顔を見てそう言うとその場を去って行った。それからどうすればよいか分からなくなった俺は確かにお姉さんから借りた本を持って家に帰った。椅子に座り机に置かれた本をただただ眺める。



「確かに本屋に入ったし、確かにお姉さんからこの本を借りた。なのに数年前に死んだ?じゃああれは....」




その時、悪寒が走った。背筋が伸び全身に鳥肌が立つ。



「返してくれないから取りに来たよ」




耳元で囁かれた声は確かにあのお姉さんのものだった。俺は思わず振り返った。

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