第183話 しゅうがくりょこう7(柚)

 もう、修学旅行最終日になってしまった。

 楽しい時間はすぐに過ぎ去ってしまう。

 ずっとこんな時間が続けばいいのに、と願うものほど続かないものだ。


「南の生き物たちともおさばらか。寂しくなるな……」

「ほんとに海も空気も綺麗で……癒されましたね……」


 柚に影響されたのか、萌花もセンチメンタルなことを言い出す。

 本当に、ここを離れるのが名残惜しい。


「だから今度はみんなでお金払って、みんなだけで来たいですね!」

「うんうん。そうだね……ん?」


 ほぼ反射的に頷いた柚だったが、萌花の言ったことについてふと考えてみる。

 それは、ある程度時間が経ってみんなが稼げるようになってから、またここに来たいという意味だろうか。

 萌花の言葉の意味がわかった時、柚は溢れるパッションを抑えることができなかった。


「萌花ちゃーんっ!」

「きゃーっ!?」


 気づいたら、萌花を抱き寄せて頬をすりすりしていた。


「そうだね。みんなで行こ。ボクも行きたいなって思ってたから」

「わ、わかりましたから離して……というか頬をすりすりしないでください……!」

「えー、いいじゃーん」


 柚は、萌花の過去のことを少しだけ聞いたことがある。

 萌花は過去を後悔していると言っていたが、それを踏まえて確実に成長しているのがわかる。

 いや、今わかった。

 萌花は自分の言いたいことをはっきりと言えるようになったと感じる。


「ん〜、すべすべしてて気持ちいい〜……」

「も、もう……! やめてくださいって……」


 拒否するような言葉を発しているが、声は本気ではない。

 それどころか、笑っているようにも思える。

 本当に、萌花はいい意味で成長している。


 柚は萌花の母親ではないが、なぜだかそんな気持ちにさせられた。

 子どもの成長に一喜一憂する母親の気持ちに。


「……萌花ちゃん、ちょっと太った?」

「そっ! そんなことないですよ!? た、確かにここの料理が美味しすぎていつもより食べる量が多かったかな〜とは思いますけど!?」

「ほとんど太ったって言ってるようなものじゃないか」


 だが、何度も言うが、柚は萌花の母親ではない。

 こうして意地悪をしたくなることも、たまにはあるのだ。

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