第135話 ぬいぐるみ(萌花)

「すごーい! 萌花の部屋って、女の子って感じがするね!」

「あたしもこういうの持ってるし好きだけど……萌花には敵わないな」


 萌花の部屋は、ファンシーな小物や化粧品で溢れている。

 本棚には、マンガやラノベ以外に、純文学系の本やオシャレ雑誌なども並べられている。

 美久里や朔良と比べたら、いかにも女の子の部屋という感じだった。


「いやいや、それほどでもないですよ」


 思わず謙遜したが、正直褒められて悪い気はしない。

 むしろもっと褒めてほしいとすら思った。


「ねぇ、萌花。ここにある大きなぬいぐるみ、何に使うの?」


 美久里はベッドの上を指さし、大きなぬいぐるみとやらを不思議そうに見つめる。


「お、めっちゃ可愛いじゃねーか。イルカかシャチってとこか?」


 朔良も美久里につられてそれを見る。

 心なしか、少し声が弾んでいた気がした。

 朔良は可愛いものが好きという、可愛いところがある。

 そのぬいぐるみを無遠慮に触っているし。


「そのぬいぐるみはイルカですね。中学の頃、とある友人からもらいまして……今でも飾っているんですよ」


 萌花は少し照れくさそうに答えた。

 その友人もイルカも、萌花にとってはかけがえのないもの。

 そんな雰囲気がにじみ出ている。


「あ、これもかわいいー!」


 それに構わず、美久里はまたも別のぬいぐるみを引き寄せる。

 さっきのイルカと似たようなフォルムだが、これはギザギザとした牙のようなものがあり、目つきもするどい。


「ああ、それはまた別の友人からのものです。サメ可愛いですよね」

「まあ、ぬいぐるみのサメは可愛いけどな……」

「なに言ってるんですか! 本物のサメも可愛いでしょう!」

「そうか? 本物のサメってどうしても怖いイメージあるんだよな……」


 萌花がそう叫ぶと、朔良の表情が少しだけ引きつった。

 それを受けて、もしかしたら自分の可愛いは人とズレているのではないかと思い、美久里の方を見る。

 美久里は萌花の視線を感じ、慌てふためく。


「え、あ、私も……本物のサメはちょっと怖いかなぁ……」


 あはは、と苦笑いしながら答える。

 やはり自分の感性は人とズレていたらしい。


「そ、そうですか……残念です……」


 萌花はとても残念そうに言う。

 しょんぼりした様子の萌花を見た二人は、お互い顔を見合わせて悩む。

 ここまで露骨に感情表現をされると、申し訳なくなる。


「あ、あのね、萌花。私たちがそう思ってるだけで、他にも可愛いって思ってる人いると思う!」

「そ、そうだな。実際そうやってぬいぐるみになってんだ。本物のサメだって需要あるに決まってるさ」


 美久里と朔良が励ますと、萌花は次第に表情が明るくなっていった。


「……そうですよね。ありがとうございます」


 萌花は笑い、美久里からサメのぬいぐるみを受け取る。

 大事そうにぎゅっと抱える様子を見て、美久里と朔良は満足そうに笑う。

 本当にそれを大事にしているようだ。


「ところで、その友だちとは今も仲良くしてるの?」

「ただの友だちなら、そこまでもらったものを大事にするのはちょっと大袈裟だもんな。親友とか昔ながらの付き合いなのか?」

「あ、あー……それは……」


 二人が質問すると、萌花の表情に影が差した。

 それは萌花にとって、あまり触れられたくないものだったから。


「……今は、あんまり関わってないですね。あ、でも、仲が悪くなったということではないので安心してください」


 萌花はそう言って、サメのぬいぐるみをベッドに戻す。

 あまり触れられたくないという萌花の想いを察したのか、二人はそれ以上そのことに触れなかった。

 二人は一時間ほどの滞在で、萌花の家を後にしたのであった。

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