第104話 ほんのよさ(朔良)

「あれ、みんなまだ来てないみたいだな」


 朔良は部室の扉を開けながら言う。

 いつもは瑠衣が一番先に来ていて、誰もその記録を破れなかったのに。


「ほんとですね。もぬけの殻みたいです」


 朔良の後に続いて、萌花も部室に入る。

 実は、萌花も漫研に入るべく入部届けを出しに来たのだが、誰もいないのでは話にならない。

 美久里と紫乃は係の仕事をしていて、声をかけようにもかけれなかった。

 瑠衣だけが頼りだったのだが、大人しく待つしかないようだ。


「瑠衣がいないなんて珍しいな」

「そうなんですか? 何か事情でもあるんですかね?」

「そうかもな」


 朔良は微笑みながら、机に自分のカバンを置いた。

 萌花は朔良が微笑んでいることを疑問に思いながらも、朔良に続いて隣の机にカバンを置く。


「じゃあ、瑠衣が来るまでお前が貸してくれた本でも読もうかな」

「わー、嬉しいです。ぜひ読んでみてほしいです。そんなに有名な本じゃないんですけど、胸が温かくなるような恋愛小説なんですよ」


 恋愛小説……そんなに嫌いなジャンルではないが、朔良はあまり読まないものだ。

 どちらかというと、ファンタジーやバトルものを好んで読む。


 萌花はなんだかうっとりとした表情で、おすすめの恋愛小説の良さを語っている。

 朔良はそんな萌花を見て、少し胸がときめいた。


「で、その後突然現れた謎の美少女に助けられて新たな地へ――!」

「なんか冒険小説みたいになってるな……」


 初めは普通に恋愛してたのだが、いつの間に主人公が次から次へ色んな地を巡って楽しんでいる。

 恋愛小説……なのだろうか。


 それはさておき、萌花がいつにもなく生き生きしているから、朔良は自然と笑顔になった。

 今日だけは、部室が二人だけのものになったように感じた。

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