第100話 ゆうき(萌花)

「早く着きすぎたかな……」


 クラスにはまだ数人しかいない。

 とりあえず、萌花は窓際の一番前の自分の席に座った。


 特に友達としゃべるわけでもなく、ただ窓の外を見ていた。

 萌花の朝はいつもこんな感じ。

 朝でなくても、ただ静かに毎日を過ごす。

 何もしなくても時間は過ぎていくから。


 萌花はただ、時間の中で漂うだけ。

 何事もなく日々を過ごせればそれだけでいい。

 萌花は何もしたくないと思っている。

 もう、人間関係のいざこざに巻き込まれるのはうんざりしているから。


 壁にかけられた時計を見る。

 そろそろ担任の寺田先生が来る時間だ。

 クラスメイトもだいたいが教室に来ていた。

 唯一来ていないのは、いつも遅い時間に着くスクールバス組だろうか。


「はよっす、萌花ちゃん」


 そんな朝の時間に、今教室に着いたばかりの葉奈が話しかけてきた。

 葉奈は人との距離感をよくわかっている。

 萌花に対して、あまりずかずかと心に土足であがってきたりしない。

 それが、萌花にとって心地よかった。


「おはようございます、葉奈ちゃん」

「萌花ちゃん、今日はいつもより早いっすね」

「そうですね。葉奈ちゃんは今日遅いんですね。いつも早く来ているのに……」

「あー、ちょっと今日は寝坊しちゃったんすよね」


 葉奈はてへぺろと付け加えておどける。

 そういう茶目っ気があるところも、葉奈の魅力の一つなのだろう。


「じゃ、うちはこれで失礼するっす」


 そう言って、葉奈は自分の席に座ろうと移動する。

 なぜだか、物足りない。


 葉奈はよく人を観察しているようで、萌花とは程よい距離感を保っている。

 だけど、それがなんとも歯がゆくて、もどかしかった。

 そのせいか、萌花は気づいたらこんなことを口走っていた。


「き、今日、二人でどこか遊びに行きませんか!?」


 急な誘いに驚いたのか、葉奈は振り向きながら固まっている。

 だが、もうここまで喋ってしまったからには後に引けない。

 もう既にいっぱいいっぱいな萌花だが、なおも続ける。


「その……今日、ゲーセンで期間限定のタピオカグッズ祭りをやってるって聞いたので……どうしても行きたくて……」

「そんなにタピオカグッズ好きなんすか……?」


 だが、葉奈の問いには答えず――というか答えられず、萌花は葉奈の返事を待つ。

 葉奈は顎に手を当てて「んー……」と唸った後。


「ま、たまにはこういうのもいいっすよね。うちは今日予定ないから大丈夫っすよ!」


 と、いい笑顔で答えてくれた。

 萌花はその答えにどう反応したらいいかわからなかったが、自然と顔がほころぶ。


「やった……! 嬉しいです!」


 勇気を出してよかったと、心の底から思った。

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