第99話 うんめい(紫乃)

 彼女と出会ったのは運命だったのだろうか、紫乃はそう考えている。

 もしそうであるなら、紫乃が選んだ選択もまた運命だったのかもしれない。


 紫乃は何の変哲もない、ごく普通の女子校に通っている。

 女子校だからといって、お嬢様学校というわけでもない。

 私立の学校ではあるのだが、それほど綺麗というわけでもない。

 それなのに、なぜかトイレだけはピカピカだ。


 それに、ここに通っているのはただ家の近くだからという、何てことのない理由。

 見知った顔はいないが、特別なことなんて何も起こることがない毎日。


 そんな紫乃の日常に、彼女はやってきた。

 紫乃の少し退屈だった日常を壊した彼女たちが。


「ねぇ、今日は何描いてるの?」


 彼女――紫色の少しくせのある髪をした美久里が訊いてくる。

 その声を聞きつけて、ぞろぞろといつものメンバーもやってきた。


「お、これはルリか?」

「まほなれの最後の方に出てきたキャラですよね」

「へー、うちのルリ描いてくれる人っていたんすねぇ……」

「え? その子そんなに人気ないのかにゃ?」


 シャーペンを動かす音しか響かなかった紫乃の周りが、一段と賑やかになる。

 こんなに自分の周りが賑やかになるのは、高校が初めてだ。

 小中学生の頃はいつも黙々と一人で絵を描いていたから。


「……紫乃ちゃん?」

「あ、ごめん……なんだっけ〜?」


 考え事をしていて、ついぼーっとしてしまったらしい。

 まあ、いつものことだが。

 紫乃は、いつもぼーっとしていると周りに言われる。

 自分でも、マイペースなのを自覚していた。


 そんな紫乃の態度に、最初は首を傾げていた美久里だったが、次第に笑顔になっていった。

 そして、いつものように可憐でか細い声を出す。


「紫乃ちゃんの絵が好きだなって話してたんだよ」


 美久里は子どものような純粋無垢な笑顔を向けてくれる。

 それは、遠い記憶を思い出させるような感覚がして、少し怖いと思ったと同時に嬉しくなった。

 遠い記憶が、嫌な記憶ではないような気がしたから。


「……そっか。ありがと〜」


 紫乃はのんびりマイペースに、この運命を楽しもうと思った。

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