第98話 かえりみち(葉奈)

 部活が終わり、葉奈たちは昇降口に向って歩いていた。

 紫乃が葉奈の隣を歩いているのは、なんだか妙に安心感がある。


「紫乃ちゃんの家ってどこにあるんすか?」

「向こうにある駅の近くだよ〜」

「そっすか、なら途中まで一緒かもっす」

「そうなの〜?」

「うちの家はちょっと遠いんすけど、駅の方に行ってそこから電車に乗るんすよね」

「あ、じゃあ〜……そこまで一緒に帰らない?」


 なぜか少し頬が赤くなった紫乃が訊く。

 クラスでこんな風に赤くなっているところもよく見るが、それとこれとは何かが違う気がした。

 不意にイラストを見られた時とは違った反応を示したから。


 それは、特別な人に向けるような顔で――

 しかしそれは気のせいだろうと、変な思考を振り切る。

 そんな葉奈の様子に不安になったのか。


「あ、あの、葉奈ちゃん?」


 まだ頬を赤くしている紫乃が、ちょっと目を潤ませながら葉奈を見ていた。


「あ、えっと、迷惑だったらいいけど〜。離れて歩くし〜……」


 どうやら葉奈が考え事をしてぼーっとしていたのを、紫乃はマイナス方面にとらえてしまったらしい。


「いやいや、もちろんいいっすよ。一緒の方向なんすし。それに、うちはもうそのつもりで歩いてたっすよ」

「えっ、そうなの? よかった〜……」


 心底ほっとしたような顔で、右手を胸の前で軽く握って息を少し吐いた。


「ごめんっす。ちょっと考え事してて」

「考え事〜?」

「うん、そうっす」


 葉奈は、軽くうなずいた。


「何を考えていたの〜?」


 紫乃が首を傾げながら、疑問を問いかけてきた。


「え? んー、紫乃ちゃんはすごいなーとかっすかね」

「えぇ? そ、そんなことないよ〜。ぼ、僕なんて全然ダメダメだよ〜」


 慌てたように首を振り、否定してくる。

 そんな紫乃がおかしくて、少し笑う。


「ダメだなんて、そんなことないと思うっすけど」

「も、もう遅い時間だからっ、早く帰ろ〜」


 紫乃は少し早足で、玄関から出て行った。

 それが照れ隠しのように見えて、葉奈はさらに笑みを深くして、そのあとを追った。


「待てっす、紫乃ちゃん」


 今日という日は、きっと紫乃と歩く道の最初の一歩だったんだと思う。

 これから先、共に歩む時間の、始めの一歩。

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