第97話 おさそい(紫乃)

 午後のHRも終わり、クラスメイトのほとんどは早々と教室を後にしていた。

 部活動に向かう者、バイト先へと急ぐ者。

 理由は様々だが、皆一様に忙しそうだ。


 その点、今日は部活動がなく、バイトもしていない紫乃と美久里はずいぶんとのんきなもので、未だにのろのろと二人して帰り支度をしていた。

 ふと、前の席にいる美久里に目をやる。


 今朝方、彼女の後頭部に発見したぴょんとはねた髪。

 たぶん寝癖だろうが、いつものことなので指摘しないでおいた。


 案の定、全く気付いていないらしく、今でも今朝と変わらずそのままの状態であった。

 そんなところもなんだか美久里らしいと、紫乃は微笑ましく思った。


「美久里ちゃん、今日これから時間空いてる〜?」

「ふぇ? な、なんで?」


 紫乃は自分の手元にある、自分のスマホに目を落とした。

 その画面に写っているのは、今朝目に付いたファミレスの広告だ。


「ん?」


 ちょっと興味を引かれたらしく、美久里は紫乃の手元――正確にはスマホへと顔を近付ける。

 そのため、先程より二人の距離も近くなった。

 思わぬ事態に、紫乃の頬が熱を帯びる。


「な、なんかね、今日いちご祭りやってるんだってさ〜。えっと、もしよかったら一緒に行こうよ〜」

「えっ!? いちご祭り!?」

「うん〜、美久里ちゃんさえ嫌じゃなかったら……」

「もちろん行くよ! やった、楽しみ!」


 もし断られたらと内心不安だった紫乃は、美久里が嬉しそうにOKしてくれたことで、ほっと息をついた。


 それにしても、美久里のはしゃぎ様といったら、まるっきり小さな子供のようだ。

 一学期のおどおどしていた態度が嘘のように、素直に自分の内面を外に出すようになっていた。

 そんな姿に、思わず抱きしめたい衝動に駆られるが、ここは教室だと思いぐっと堪える。


「じゃ、行こうか〜」

「うん!」


 美久里はよほど楽しみなのか、紫乃の手を掴みブンブンと上下に振る。

 思わず顔がにやけてしまいそうになり、あわてて表情を引き締める。


 その後、紫乃と美久里は二人だけの幸せな時間を過ごしたのだとか。

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