第69話 きがえ(萌花)

 体育の授業が始まるため、萌花は制服から体操服へ着替えていた。

 着替えるスピードというのは、人によって違う。

 その中でも、萌花はどちらかと言うと遅い方である。一番最後に更衣室に残されることも珍しくない。

 だが、そんな萌花よりも遅い人が……


「ごめんね〜、萌花ちゃん……」


 この、まだ制服を脱ぎ終えていない紫乃。

 紫乃は口調のこともあってか、おっとりマイペースな印象を受ける。

 そのイメージは、あながち間違いではないらしい。


「ううん、大丈夫ですよ。まだ時間ありますから、ゆっくりでいいですよ」


 体育の先生は、遅刻を許さないスパルタ教師――ではなく、割と寛容で優しい先生なのだ。

 そのため、少し遅れても怒られることはない。


「……はぁ。こんな自分を変えたいと思っても……難しいな〜……」


 やっと体操服に着替え終わりそうになった紫乃が、嫌そうにこぼす。

 誰だって、人と少し違うことにはモヤモヤするものだ。


「うーん……確かに自分を変えるのって難しいですよね……でも、変えなくていいと思うんです。だって、自分は自分じゃないですか!」

「萌花ちゃん……」

「……って、なんか照れくさいこと言っちゃいましたね。着替え終わったのならはやく体育館に行きましょう?」


 照れ隠しをしているのか、早口で紫乃を急かす。

 その時、何も無いところで萌花が躓いた。


「……へ?」

「萌花ちゃん!」


 それにいち早く気づいた紫乃が、萌花の腕を引っ張るも――

 間に合わなかったようで、一緒に床へ一直線に倒れてしまった。


「いたた……」

「きゅう……」


 それほど勢いがあったわけではないが、ダイレクトに倒れてしまったため、そこかしこから痛みが奔る。


「……はっ! 萌花ちゃん! 大丈夫〜?」

「は、はい……なんとか。それよりも――今の状況の方が……」

「……ふぇ?」


 それは、紫乃が萌花を押し倒しているような構図になっていること。

 それに加え、紫乃と萌花の顔が、息がかかるほど近くにある状況のことである。

 萌花はそれに耐えられず、頬を赤らめた。


「……あ、もうすぐチャイムが鳴りますよ。急ぎましょう」

「そ、そうだね……そうするよ〜」


 萌花と紫乃は恥ずかしさもあってか、急いで立ち上がり、みんなのいる体育館へ急いだ。

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