第68話 らっきー(葉奈)

 下校時刻を報せるチャイムが鳴る。

 もう家に帰らなくてはならない時間だ。

 だけど、もう少しここにいたいような気もする。

 授業が終わればすぐ家に帰ってしまう葉奈にしては珍しかった。


「お、朔良……っ!」


 葉奈は廊下から、見知った姿が教室にあるのを捉えた。

 明るく茶色に色付いた長い髪の毛が、微かに揺れる。

 窓から差し込んだ光が、朔良の存在をより一層輝かせている。


「……え?」


 ――だが、何か様子がおかしい。

 茶色の瞳は力なく開いており、机に向かって何かぶつぶつ喋っているように見える。


 もしかしたら、調子でも悪いのかもしれない。

 葉奈は朔良に駆け寄り、声をかけた。


「朔良ー! 大丈夫っすか?」

「おわっ!?」


 葉奈は、その光景に唖然とした。

 紺色の短いスカートから、純白の清楚な下着がタイツ越しに一瞬見えたから。


「あ……っ」


 下着に釘付けになっていた葉奈に気づいたのか。

 朔良はすぐさま、バッとスカートを押さえる。


「な、なんかごめん……その……見苦しいもの見せちゃったな……」

「……へ、え? い、いや、別に! うちとしてはご褒美――じゃなくてっすね……! ほんと大丈夫っす……」


 顔を赤らめて、何やらもじもじしている様子の朔良に。

 あやうく本音が出そうに――いや、実際出てしまった言葉を必死に誤魔化す葉奈。


 どこか気まずい雰囲気になってしまった二人の間に、沈黙が流れる。

 それを吹き飛ばすように、朔良は努めて明るく言い放った。


「じ、じゃあ、帰るか。葉奈」

「そ、そっすね……帰ろうっす」


 と、ここで気になっていたことについて思い出す。


「そういえば、どうしたんすか? さっき思い詰めたような顔してたっすけど」


 葉奈は下駄箱に向かって歩きながら訊く。

 朔良もそれに続き、葉奈の隣を歩きながら答える。


「あー……美久里と喧嘩しちゃってさ。どう謝ればいいのかってずっと考えてたんだ」

「なるほどっす。それで今まで残ってたんすね」


 朔良がそこまで思い詰めるなんて、よほどのことがあったのだろう。

 葉奈はその件に関しては何も出来ないが、励ますことぐらいは出来る。


「ま、頑張れっす。美久里ならきっと許してくれるっすよ」


 そうやって、朔良の肩をバンバン叩いた。

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