幕間 様々なイフ

もしも萌花が囚われのお姫様だったら

 彼女たちは罪を犯した。決して許されない罪を。

 でも、彼女たちは幸せそうに見えた。

 たった一人の大切な誰かと一緒に居られるだけで、何だってできる気がしているから。


 ☆ ☆ ☆


 萌花はとある国の姫君。

 とても美しく、可憐で、幼い見た目の姫は。

 ついに隣国の王子様により、鳥かごのような堅牢な場所に囚われてしまった。


 なんて馬鹿げた話だと思うだろう。萌花自身、そう思っている。

 でも、そんな中、萌花を救おうとしている者がいた。

 だけど、その人とは王子に捕まる時に離れ離れになってしまい、ついには囚われてから二ヶ月が経過してしまう。


 だから萌花も、もうその人は来ないと思った。

 場所が分からねば、行きたくても行けないのだろう。

 それに、もう救いたいと思ってくれているのかどうかすらあやしい。


 ――そう、思っていたのに。

 不意に光がさした。ずっと暗くて寂しい場所にいた萌花には、眩しすぎる光が。


「……どう、して……」


 萌花が困惑気味にそう言うと、その光――萌花を救いたいと思っているだろう人が口を開く。


「迎えに来たぞ、萌花姫」


 萌花と視線を合わせ、ニッコリと微笑む。

 その人は、萌花が雇っている使用人。

 それなのに、生意気な口をきくその人とはなぜか気が合った。


「さ、朔良……だめですよ! この国の王子に逆らえば、あなたは無事では済まないでしょう!」

「んなこと知るか。勝手に怒らせとけばいいだけだろ」

「ですが……っ!」

「うるせぇ。ちょっと静かにしてろ」


 萌花が声を張り上げるも、朔良は聞く耳を持たない。

 それどころか、萌花に命令する朔良。

 さすがのそれには萌花も思うところはあったが、朔良の動作を見ていたら口を閉ざさざるを得なくなった。


 ――朔良が、鍵を持ってこの檻の錠前を開けようとしている。


 萌花は息を飲んだ。

 なぜこの鍵を入手できたのだろう。

 そもそもなぜこの場所がわかったのか。

 疑問に喘ぐしかない萌花は、じっと錠前が開くのを待つ。


「よし、開いたぞ」


 朔良の声に、萌花は泣きそうになった。

 今にでも朔良の胸に飛びつきたかった。

 だけど、今はそれどころではない。


「ほら、萌花姫。手を」

「……はい!!」


 朔良が手を差し出すと、萌花はその手を取った。

 そして、朔良は萌花を引っ張っていく。


「ははは! 気持ちいいな!」

「……た、たしかに。こんな感情味わったことないです……!」


 二人は走り出し、どこへともなく突き進む。

 止まることは許されない。

 ただひたすら、前へ行くのだった。


「萌花……」


 朔良が萌花を呼び捨てで呼ぶ。

 萌花はその声に顔を上げただけで、咎めはしなかった。


「お前が無事でよかった」


 その言葉を聞いて、萌花はとうとう涙が溢れ出してしまった。

 朔良の言葉が、声が、心にあたたかく染みてゆく。


「ありがとうございます、朔良。私を……助けてくれて」

「あたしは萌花を助けたかったから助けただけだ。礼なんて別にいらねぇよ」


 萌花が涙を流しながら笑顔で伝えると、朔良は照れくさそうに笑った。

 だが、朔良の表情が一転して暗くなる。


「あ……けど、このまま帰っても二人とも捕まっちまうよな。どうしよう……」


 今更本気で悩み出す朔良に、萌花は小さく吹き出す。

 そういう後先考えないところも、朔良らしい。

 萌花は笑いながら――


「一緒に生きましょう、朔良。誰も知らない所に行って、二人で静かに……平穏に暮したいです。それが、私の一番の幸せです」


 それは、萌花がずっと前から願っていたこと。

 朔良と一緒なら、どこへでも行ける気がしていた。

 朔良と一緒なら、どんなことでも乗り越えていける。


 二人で一緒の時間を過ごし、二人で一緒の家に住み、二人で一緒に歳を重ねていく……

 なんて幸せなのだろう。

 そんな生活が送れるとしたら、これ以上の幸福はない。


 萌花は朔良の手を握り、まっすぐに朔良を見つめる。

 朔良はそんな萌花の言葉に少しびっくりしていたが、すぐに笑顔に変わる。


「うん、そうしようぜ。それがいいや」

「じゃあ、行きましょうか」

「おう!」


 そして、二人はお互いの手を握り直し、誰も知らない未知の世界へ行かんとした。

 二人はお互いの顔を見合わせ、幸せそうに笑う。


 ☆ ☆ ☆


 こうして、彼女たちの駆け落ちの日々が始まる。

 それは到底易しいものではなかった。

 だが、彼女たちはそれでも幸せそうに日々を歩んでいくのだろう。


 歴史に名を残す事になる世紀の大罪人となった二人の――それでも決死の思いでお互いだけを信じ、お互いだけを想い合う姿は。

 人々に大きな感動と衝撃を与えることもなく。

 静かに、平穏に、二人だけの時間を楽しむのだった……

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