もしも美久里が○○な鬼だったら

 美久里は、一言で言うと鬼。

 妖怪みたいな感じだと思ってもらっていい。

 頭に角が生えていて、爪も長く尖っているが、それ以外は人間とあまり変わらない。


 ……さて、では美久里と美久里の大切な人の話をしようと思う。

 これは200年ぐらいに前になるだろう。

 美久里が本当に大切なものに気付けたのは。


 ☆ ☆ ☆


 むかしむかしある山奥に、二匹の鬼が住んでおりました。


 ☆ ☆ ☆


 美久里は、村の人達と仲良くしたかった。

 だけど、村の人たちはみんな美久里のことを恐がって、話を聞くどころか目も合わせない。


 だけど、美久里は諦められなかった。

 どんなに恐がられても、泣かれても、攻撃を受けたとしても……仲良くなりたかったのだ。


 美久里なりに色々模索してたのだろう。

 でも、どんなに頑張っても、村の人達は向き合ってくれない。

 美久里は悲しさに心折れそうになった。


 美久里はいつもの場所に来た。

 そこは、辺り一面草しか生えていない小さな丘。

 すぐ下には村の全てが見える。


 美久里は今日も、いつものように泣いた。

 声を押し殺し、誰にも聞こえないように。

 こんな所まで誰も来ないとは思うが、一応念の為だ。


「おねえ、また泣いてるの?」


 ――ほら、来た。

 それは、美久里がいつも飽きそうなほど聞いているあたたかい声。

 その声を発するのは……


「……ほっといてよ、美奈」


 思ったよりか細い声がでた。

 泣きすぎて声が枯れてしまったのだろうか。

 だが、そんなことはどうでもいい。


 美奈というのは、美久里の妹だ。

 そして、美久里が心を寄せている相手でもある。


「ほっとけないよ。私はおねえがいつもここで泣いてるの、知ってるもん」


 ……もっと泣かせる気か。

 美久里はそう思ったが、自然と涙は引っ込んだ。

 それがなぜかはわからなかったが、美久里は気分が良くなって、理由を探すのがどうでもよくなった。


 美奈は美久里の救世主みたいなものだと言っても過言ではない。

 美久里がそっぽを向くと、美奈は呆れたように「やれやれ」と呟いて美久里の隣に腰掛ける。

 そして、美奈はこう言った。


「よし、分かったよ。いい作戦を思いついたよ。これならおねえはもう傷つかずに済むかもしれない!」


 美奈はニッコリとした――純粋無垢な笑顔を美久里に向けながら、本当に嬉しそうにその作戦とやらを小声で話す。

 でも、それは……


「それって……美奈が傷つくかもしれないんだよ? それでもいいの……?」


 美奈の作戦はこうだった。


 まず、美奈が村に入って暴れ、村の人たちを困らせる。その後、美久里が「やめて!」と言って、美奈を止める。

 それで美奈が走り去っていった後、美久里は村の人たちに褒められ、恐がられなくなる……と言うものだった。


 だが、いくらなんでも渚が恐がられるのはちょっと違うんじゃないかなと思った。


「大丈夫だよ、おねえ。私はもうおねえに泣いてほしくないだけだから」


 美奈は恐れなんか知らないような、清々しい顔をしていた。

 美久里を心配させたくないのかもしれない。

 ……だからこそ、美奈の気持ちに答えたかった。


「ありがとう、美奈。じゃあ、その作戦……明日から決行にしよう」


 ☆ ☆ ☆


 美奈は、本当は恐かったんだ。

 でも、お姉ちゃんにはもう1人で泣いてほしくない。

 村の人たちと仲良くして、それでも何かがあって悲しい時は、村の人たちとその悲しみを分かち合って泣いてほしい。

 だから……


「がおー! たべちゃうぞ!!」


 慣れなくて震えている大きい声を出し、美奈は勢いよく村の人たちに拙く襲いかかる。

 それでも村の人たちは美奈が恐かったのか、必死で逃げようとする。


 こりゃ、美久里も恐がられるわけだ。

 でも、もう安心してほしい。

 美久里が恐がられる必要も、村の人達が恐がる必要もなくなるのだから。


 少し気が引けたけど、村の人たちの家を壊してまわる。

 こうでもしないと、自分でも胡散臭く思えてきてしまうから……


「やめてっ! 何してるの!!」


 ……どこからか美久里の声が聞こえた。

 ああ、やっと来てくれたのか。

 随分遅かったじゃかないか。

 美奈は誰にも気づかれないように、静かに微笑んだ。


 そして、美奈は美久里と正面から向かい合うようにして前を見る。

 美久里は悲しそうな、どこか怒ってるような顔をしていた。

 ごめんね、おねえ。全部おねえのためなんだよ。


「私を叩いてよ、おねえ。それじゃあおねえは幸せになれないよ?」


 美奈は村の人達に聞こえないように、小さな声で美久里に声をかける。

 美久里にだけは聞こえたみたいで、すごく驚いた顔をしていた。

 まあ、無理もないか……

 だって、今まで美奈は美久里に暴力を振るわれたことなんてないんだから。


 美久里は激しい葛藤に襲われていたに違いない。

 だって、迷ってるのが目に見えるから。

 早く、自分を叱ってよ。

 美奈は美久里の胸ぐらを掴んでこう叫んだ。


「あんた、私の邪魔をする気だな! 私はこいつらをここから追い出したいんだよ!! 邪魔するなら許さないからな!!」


 今度は震えなかった。

 やっと私は悪役になれた、そんな気がした。

 これでお姉ちゃんの役に立てるんだ。

 美奈は嬉しく思った。


 美久里も美奈の行動の裏を察したのか、目つきが鋭くなる。

 そして、美奈ははじめて美久里に叩かれた。

 ……結構痛いな、これ。


 「私がこの人たちを守ってみせる! 消えなさい、悪い鬼!!」


 そう言うと、美久里は何度も何度も美奈を叩く。

 そして、それがようやく終わると、美久里はこう叫んだ。


「今日はこれぐらいで勘弁してやる! でも次にこの人たちを襲ったら今度こそ許さないから!」


 それは、美久里の本心からの言葉だったのだろう。

 本気で美奈を怒ってる、そんな気がした。

 美奈には分かる。あれは激おこだ。

 やっと、演技じゃない美久里の本当の姿を見られた気がする。


「うっ……うわああああああん」


 美奈は泣くフリをしながら去っていく。

 おねえ、後はひとりで頑張ってね。

 おねえは、やれば出来るんだから。

 美奈は泣きそうになりながら、その場を後にした。


 ☆ ☆ ☆


「た、助かりました……なんとお礼を申し上げたらいいのか……」


 村長らしき人が、美久里の前に出てきてそう告げた。

 村長はまだ怯えているみたいだったけど、これは本心からの言葉だったようで、その言葉には重みがある。

 ズッシリと、心に深く突き刺さった。


 でもこれはあたたかくて、経験したことのないほどの優しさを感じた。

 美久里は違う意味で泣きそうになる。


「あ、いや、大丈夫ですよ……! 気にしないでください。私ははあなた達と仲良くできればそれでいいんです」


 美久里はなるべくいつも通りの口調で、あわあわとした態度でそう言った。

 じゃなきゃ、美久里の心が壊れてしまいそうだったから。


 ……それにしても、ネタばらしはまだなのだろうか。

 美奈は後でネタばらしをして、美奈も村の人たちと仲良くしようって言ってたのに。

 美久里は無意識に、分かりやすく首を左右に振って周りをキョロキョロと見渡していた。

 村長はニッコリと笑って、


「追いかけてやりなさい。彼女は君の大切な人なのだろう?」


 村長は初めから知っていたのだろうか。何もかも。

 ……いや、考えるのはよそう。

 変な方向に気を回すのは良くないだろうから。


 そうだ、美久里は美奈に謝らなくてはいけない。

 それで、感謝を伝えたい。いや、伝えなければいけない!なんとしてでも!!


「村長、ありがとうございます! 私、やっと大事なものわかった気がします……!!」

「ああ、行ってきなさい。必ず二人で戻っておいで」

「本当にありがとうございます……!!」


 そんな会話をしながら、美久里は美奈を追いかけた。

 待っててね、美奈。

 必ず迎えに行くから――!


 ☆ ☆ ☆


「……やっと見つけた。ここに来ると思ってたよ」

「なんで分かったの!?」

「分かるよ。だって、ここは私が前に泣いていた場所だもん」


 美久里は美奈を見つけ、話しかける。

 するとすごく驚いているような、やっぱり分かるよねと言うような顔をしていた。


 ごめんね、美奈。

 ようやく、やっと、大事なものが分かったんだ。

 美奈ならここに来ると思っていた。

 自分がいつもいた場所だから……と言ったら、自惚れなのかもしれないけれど。


 でも、いつもここにいた美久里と、いつもここに探しに来てくれた美奈。

 だからこそ、美奈ここに来たんだと思う。

 今度は、逆の立場になったんだ。


「ごめんね、おねえ。私、村の人達に悪いことしちゃったから……もうここにはいられないよ……」


 美奈は悲しそうで、どこか消え入りそうな顔を浮かべていた。


 そんな顔しないでよ。

 今度は自分が美奈を守るから。

 そんな事言わないでよ。

 美久里は美奈と一緒にいたいのに。


 そんなことを考えていると、不意に泣いているような笑い声が聞こえる。

 顔を上げてみると、渚が泣き笑いを浮かべながらお腹を押さえていた。


「おねえ……声に出てるよ……」


 あはははは。

 そんなふうに甲高い声を出し、笑っている美奈を見て美久里は呆然と立ち尽くす。


 なんでそんなに笑えるのだろうと、疑問に思ったから。

 だけど、「お腹が痛い」と言ってお腹を抱えて笑い続けている美奈を見ていたら、美久里も次第につられて笑った。


 こんなに笑ったのはいつぶりだろう。

 しかも、二人で笑った事なんて……なかったはずだ。

 だって、美久里は今までずっと泣くことしかしていなかったから。


「ねぇ、おねえ。おねえは本当に私と一緒にいたいって思ってくれてるの?」


 美奈は不意に笑うことやめ、不安そうに聞いてくる。


「もちろんだよ。だって美奈は私の大切な人だから……!」


 美久里は本心を、ありのままさらけ出す。

 この時、美久里はすごく緊張していた。

 だけど、この気持ちを伝えなければならない。

 やるしかないんだ。


「美奈。大好きだよ。私は家族としての意味でも、愛情の意味でも、美奈が好き」


 ちゃんと、やっと、伝えられた。

 美久里は長年閉じ込めてきた想いを、今この瞬間に羽ばたかせることが出来たんだ。

 達成感はあった……だが、同時に怖くもあった。


 ――この想いが報われなければ?

 ――冗談でしょと笑われたら?

 美久里はもう、生きていけないかもしれない。

 それぐらい、美奈大好きなのだ。


「私は……」

「私も好きだよ。おねえと同じ気持ちだから……すごく嬉しい」


 美久里が何かを言いかけたが、美奈の声にかき消される。

 実際、美久里は何を言おうか考えていなかった。

 ……ん? てか……あれ?? え??


「美奈が私のことを好きって!?」


 ピチピチピチ……木にとまっていた鳥達が、物凄い勢いで逃げてゆく。

 天変地異が起こるんじゃないかと言うぐらい、鳥達は恐かったのだろう。


 美奈も、すごくびっくりしてるってレベルじゃなく、物凄く驚いていた顔をしている。

 いや、本当に。


「おねえってやっぱ面白いね。本当だよ」


 クスクスと小気味よく笑う美奈を見て、美久里はその場に崩れ落ちた。

 ガッカリしたんじゃない、むしろ安心している。

 やっと、本当の事が言えてスッキリしてるし、美奈も同じ気持ちだったことに心臓が止まるぐらい嬉しかったから。


「ねぇ、二人でまた山奥で暮そう。ずっと……二人で」


 この台詞を、どちらが言ったのか分からない。

 ただひとつ言えるのは、二人とも同じ気持ちだったってこと。


 こんなに満たされたのはいつぶりだろう。

 こんなに幸せだった時なんてない。本当になかった。

 美久里は心の底から、この世に生まれてきたことに感謝した。

 そして、美奈に出会えたことにも。


 ☆ ☆ ☆


 こうして、二匹の鬼は、ずっと幸せに暮らしましたとさ。

 めでたしめでたし。

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