第32話 ぐうぜんのであい(紫乃)

 てくてくと、可愛らしいリズムで道を歩く影が見えた。

 清楚な青色の髪を揺らして、顔をほころばせている。


 ――その影の名は、紫乃。


 絵を描くことが好きな少女が、一体どこに向かっているのだろうか。

 紫乃が住んでいる住宅街から離れ、どんどん人気のない場所へ向かっている。

 そして、木々がたくさん揺れている場所に来た。


「着いた〜!」


 そこは、森の中でも陽の光が直接当たる開放的な場所。

 その森の木には、たくさんの木の実がなっている。


「わー……すごい……ここならいい絵が描けそ〜……」


 紫乃は本当に楽しそうにはしゃぐ。

 自然が好きなようで、時間のある時にはこうして森に出かけていることが多い。


 木々を眺め、風を感じる。

 そして深呼吸し、木々や土の匂いを感じ、木漏れ日を浴びながら呟く。


「さて、何を描こうかな」

「……あれ? 紫乃ちゃん?」

「えっ? 美久里ちゃん??」


 スケッチブックを取り出したところで、後ろから声をかけられた。

 その人物の名は、美久里。

 紫色の髪に、紫水晶色の瞳が特徴的な少女だ。


「どうしてここに?」

「え? あー、それが……ちょっと道に迷っちゃって……」

「そ、そうなんだ〜……」


 一通りの会話をし終えると、紫乃はあることに気づく。

 美久里の顔が少し紅い。

 心なしか、顔をほころばせているようにも感じる。


「美久里ちゃん、どうしたの〜? 何かいい事あったぁ? 道に迷ったって言ってたけど嬉しそうに見えるよ?」


 紫乃はそれを訊かずにはいられなかった。

 友人にいい事があったなら、それを祝いたいと思っている。

それに、道に迷った時の不安そうな顔つきではなく、なんだかやけに顔が明るいように見えるから。


「えっとね、その……紫乃ちゃんに会えたのが嬉しくて……」


 ――天使か。

 紫乃は、美久里の笑顔に心を射抜かれた。

 ……なぜか胸が苦しい。


「……紫乃ちゃん? どうしたの……?」


 いつの間にか地面に崩れ落ちていた紫乃に、美久里が心配そうに駆け寄る。

 だが、今の紫乃には、美久里に駆け寄られることが辛かった。


 ――もっと症状が酷くなるから。


「や……ちょっ……タンマ……ッ!」

「え? 私、何もしてないよ??」


 紫乃の「待った!」の声に、美久里が狼狽える。

 本来の目的――スケッチを忘れ、紫乃は地面に顔を埋めていた。

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